
ゆらり、揺れる。
――いつも通りの物憂げな朝、私は慣れた曲を聴く、そうやって続く、日常という名のルーティーン、でも今日だけは違ったみたい、忙しい毎日に神様がくれたご褒美?、だったのかな?、でも京都には行かないけど――
Journées Allegro
お気に入りのチェスターコートを無造作に羽織ると、私は足早に出掛けていった。
この時季の朝にしては、生暖かい風が肌に触れ、それが妙に、体内の気だるさまでをも後押ししてくる。
そんな朝だけれど、普段通りの慣れた曲達が、今日も安穏に私のことを支えてくれている。
――にしても、最近全然ライブに行けてないなぁー、はぁー、おもいっきり仕事のストレス発散したい……
“あ”
――今日もいたいた、“バス停の君”、ねぇ、君はいつもこんなに朝早くから何処に向かってるの?、お仕事?、それともまだ学生さん?、ってことは大学生?……って近頃私、これ口癖みたいになってなぁい。
――そんなに気になるなら、って知り合いでもなんでもないのに、聞けるわけないし……でも、今日は思いきって、彼の近くまで行ってみようかな、それくらいならいいよね。
その後は、まるで常套句みたいに、ありふれたバスを迎える。でも、今日はなんだかいつもと違って、仄かな緊張感を弄いつつ。
――って、気付いたら隣に立っちゃってるよ私、ちょっと張り切りすぎたかな……にしても、ずっと片想い、か……
――でも、降車までのこの高揚感、この感覚に包まれてるだけで、それだけでもう……
“キキィーッ”
『あっ、ごめんなさい、ぶつかっちゃって』
「いえ、今のは急ブレーキだったし仕方ないですよ、それより、これ」
『あっ!?、それ私のイヤホン、にしてもナイスキャッチですね、反射神経すごい、ンフフ』
「いや、気付いたらパシって掴んじゃってました、ハハハ……ん?、今流れてる曲、これって『冬豆』のアルバム曲ですよね?、俺、つい先日このバンドのライブ観に行って、まさかこんな偶然ってあるんですね、なんだか俺、今ちょっとドキッちゃってます、って、こういうのはナンパしてるみたいでよくないですよね、余計なこと言っちゃってすみません、あっ、イヤホン返さなきゃですね」
――あぁ、そんな謝らないで、むしろその偶然と冬豆には感謝しかない。んわぁどうしよう!?、ここよ、ここしかないんでしょ神様、え?、分かってるわよそんなことっ、て、一体誰と喋ってんの私っ!?
『あ、ありがとう、ございます……それで、そのさっきの冬豆のライブ、私もすごく行きたかったんですけど、その日は前から予定が入ってて空けられなくて、いいなぁ、羨ましいです……あの会場でしか買えないグッズあったじゃないですか?、あれがどうしても欲しくて、なので後々ネット販売とかを期待してみたり、でもやっぱりしないみたいで、残念です』
「あの、それなら俺買いましたよ、キーホルダーですよね、ここでしか買えないと思ってそれだけ買ったんです、あのロゴに書かれてたフレーズがまさに冬豆って感じでもうたまんなくって、ただあのキーホルダー、なんとなくデザインが男にはちょっとあれかなって思ってて、もしよかったら、俺プレゼントしますよ、って、これじゃぁもう完全にナンパですよね、でも、あれだけ購入してたのも、もしかするとこの偶然に向けての前フリだったのかなって、今つい思ってしまって」
――わ、わわわ、こ、こんなことってあるの!?、何?、ヤバい、もしかして今日命日なの私?、もう心悸し過ぎて、“ハツ”だけに心臓口から飛び出しそうっ!!
『そんな、頂くなんて悪いですよ、でもちょっと見てみたいのはあるんですけど、やっぱりライブを観に行きたかった“ビーンズ”としては、ですけど』
――なんなの私?、もうこれって『下さい』って言ってるようなもんじゃないっ!?、でももう止まれない、ブレーキなんて掛けられないよっ!!
「それなら俺、明日持ってきますよ、あ、明日も同じバスですか?、って、これだとナンパを通り越してストーカー入っちゃってますね、でもとりあえず、俺明日から毎日持っときます、それじゃ、また」
――え?、いつの間に着いてたの?、君がいつも降りるバス停、『明日も同じバスだよ、キャハッ』、て返せなかったぁ、それにおんなじに決まってる、だって私、いつも見てるんだから、君のこと。
――そうだ、京都へ行こう、じゃなくって今日はもう私、仕事休んじゃお、1人カラオケに行っちゃおー、それで1日中歌ってよ、よし、決めたっ!!
“キキィーッ”
――はぁ、また急ブレーキ、ん?、なんか手の中に違和感?、あれ?、今度は私がイヤホン掴んじゃってるっ!?、て、さっきからずっと持ってただけか、また飛んじゃうといけないからケースに入れとこ、それと、やっぱ仕事行こっ。
そうやって私のルーティーンは続いてく、だってルーティーンなんだから、なので今日も、アレグロな日常へと舞い戻る。
新たに加わった、明日への期待もアレグロを刻みながら。
了
ゆらり、揺れる。
なんとなく、日々がせわしなく過ぎていく方々に向け、“たまには立ち止まってみるのも大事かもよ”、といったニュアンス感を届けることができたらなぁと、私なりの表現をもってその思いを書き綴ってみました。伝わるといいな。ハツだけにHearts?!……
迚も斯くても、何度も何度でも繰り返し観てしまうのは、『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』。こんな物語を描けたら、もうそれだけで充分。でも私には到底無理なのも分かってる。そう思えるほど、素晴らしい作品。