
未来茸
朝刊を開くと、昨日と同じような記事が報道されている。
「おい、またでてるぞ」
流しの前で朝食の後片付けをしている家内に声を掛けた。
「こんどはどこ」
「長野の上田」
「昨日も長野だったでしょう」
「ああ、諏訪だった、そういえばその前も長野だったよ、松本だったからな」
「長野になにかがあるんでしょう」
「うん」
今日の記事はこう書いてある。
上田のA小学校で、ほとんどの生徒が昼食後すぐに腹痛を訴えた。しかし、ちょっとした下痢か、吐き戻しを伴うものもいたが、大半は軽くすぐにおさまった。保健所が昼食に出たものをすべて検査したが、食中毒を引き起こすような菌はみつからなかった。煮しめに入っていた椎茸を食べていない数人の生徒に限って腹痛がおきなかったことから、原因となった食べ物は椎茸であろうと推測されており、現在検査中である。この椎茸は市の業者がほだぎで栽培したもので、栄養価も高く、日本の中でも評価されているもので、栽培状況も調べられたが全く問題はないという結論になっている。長野県内で同様の中毒症状が榎茸や占地でも起きていることから、茸のなにがからだにさわったのか比較検討中である。
家内もそばに来てそれを読んだ。
「子どもたちのからだが変わったのかしら」
「だけど、松本の占地中毒は老人だったよ、老人ホームと市役所の仕出し弁当の中に使われていた占地が犯人だった。それも食中毒の菌は見つからず、占地を食べなかった者だけ、腹痛は起さなかったんだよ」
「おかしいわね、そろそろ、話が回ってくるのじゃない」
「うん、きっとね」
そう言って、私は家をでた。私はサイエンス博物館で菌類の研究を行っている。家内も一緒になる前は冬虫夏草の研究をしていた。冬虫夏草は虫や幼虫につく菌で、土に埋もれた虫からマッチ棒のような茸をだす。滋養に富んでおり、中国などでは乾燥したものを売っているが、かなり高価である。私の専門は猿の腰掛けの仲間で、冬虫夏草のように奇妙で目立つものではないが、薬になることは同じである。特に癌の特効薬としていろいろな物質が抽出されている。
そのようなことから、茸というと鑑定や物質検査の依頼がくることが多い。長野で起きた中毒事件に関しては長野の菌類研究所で検査が行なわれているであろうが、手が足りなくなった時や、専門の茸に関しては声がかかる。
サイエンス博物館の菌類研究室にいくと、大学から卒業研究や大学院の研究を委託された学生諸君が顕微鏡をのぞくやら、PCでデータを計算しているやら、それぞれの研究をはじめていた。
「あ、先生、おはようございます、データがでましたので、後でみてください」
「うん、いいよ」
声をかけてきたのは、昔の茸の標本と現在生えている同じ種類の茸の比較を行っているある大学の大学院生である。彼女、伊万里麻里は椎茸の栽培を始めた会社に保存されている茸の標本のDNA構成や、含まれる物質を比較検討している。椎茸会社としても知りたいデータであり、私に委託研究費がおりている。
「そういえば、今日の新聞見たかい、椎茸で中毒だそうだよ」
「はい、見ました、本当に椎茸のせいでしょうか」
私は机にカバンを置くと、ロッカーに上着を入れ、白衣を羽織って、彼女の机の脇に行った。彼女は画面上のデータを指差した。
「ほら、先生、ビタミンDを活性化する酵素のDNAの組成が、今のものとちょっと違います」
「ほんとだ、どんな意味があるのだろうね」
「きっと、酵素の量に関係あると思っています、それもですが、このDNAが他に何か影響を与えているかもしれないと思います」
「確かにね、副次的に影響を及ぼしているかもしれないね、よいほうにも悪いほうにも」
「よいほうですね、今の椎茸のほうが人間にとって栄養面でも薬膳的にもいいでしょう」
「確かにね、君のみつけたDNAの違いが他のものとどのように関連するか分かってくると面白いね」
「はい」
「信州の椎茸中毒とは関係はないだろうね」
「ええ、この結果は関係ないと思います」
「きっと、我々のところに調査依頼がくるよ、そうしたら担当してくれるね」
そこで、私のデスクの電話がなった。電話は厚生労働省からだった。やはり、今回の中毒に関係したと思われる茸の成分の分析依頼だった。凍結した原因茸を送るので至急調べて欲しいということである。
デスクから伊万里に声をかけた。
「伊万里君、中毒の椎茸を調べて欲しいという依頼の電話があったよ、もう資料はこちらに向かっているようだ」
彼女は振り向いて「はい、何を調べたらいいでしょうか」と聞いて来た。
「今やっているように、普通の茸と何が違うかみてよ、中毒菌はついてなかったというから、成分分析頼むよ」
「遺伝子解析をしてもいいですか」
「ウン、やってみてよ」
午後に資料が届いた。伊万里はすぐにとりかかった。資料は新聞に出ていたものだけではなく、十八件もあった。ということは同じことが同時期に起きていることを示すものだ。しかも一人二人の中毒では新聞沙汰にならないので、かなりの中毒者がいるのだろう。どれも長野県であった。
「他の県で中毒はないのですか」
「そうみたいだ。しかも、椎茸だけじゃないようだ。占地もあれば、榎茸もある、滑子やマッシュルームもあるよ、栽培方法がどれも違うから、原因は共通するものを探ればでてくるね」
「でも、先生、みんな一般的に食べられているものだけですね、長野の人たち、山に入って、いろいろな茸を採って食べますよね」
「確かにな、これみんな栽培ものなのかな、由来は書いてあるよ」
一緒に送られてきたデータを広げてみた。やはり天然ものはなかった。
「データ解析はどのくらいかかるかな」
「成分はいっぺんに出ますけど、DNA解析はちょっとかかります。まず成分を分析器に放り込みます、明日にはでるでしょう」
今は自動的に成分分析をしてくれる装置が何種類かある。それにかければ、一片に片付いてしまう。
「中毒をしたというから、分かっている茸の毒はすべてチェックしてみてくれ」
「もちろんそうします、明日朝にはまとめます」
「ありがとう」
データは分析機器が出してくれるが、彼女は泊まりこみだ。機械の調子を見守る必要がある。
次の朝、いつもの時間に研究室に行くと、伊万里はPCを見ながら、必要なところをプリントアウトしている。
「先生、おはようございます、データ出てます、やっぱり少しおかしいですね、どの茸にも本来持っていない毒が少しですが入っています」
「どれ」私が見ると、確かに茸毒がある。
「シメジにはアマニチンが、椎茸にはイルシン、ナメコにはムスカリンがはいっています」
「どうしたのだろう、だが注意を喚起しなければならないな、生産者のところの茸がそうなのかどうか、チェックが必要だ、電話をしておく」
私が厚労省に電話をかけると、担当の課長の声が深刻そうに聞こえてきた。
「そうなんです、どうも、おかしいんです、その生産者の茸を食べた人の中にもお腹が悪くなった人がいたのですけど、茸が犯人だとは言い切れないのでまだ動いていませんが、その可能性なら、出荷を見合わせさせます。そこの茸も調べていただけますか、ただ、分からないのはその生産者たちは知り合いでも、なんらかの関係があるわけでもありません、一度、調査に行っていただけませんでしょうか」
「わかりました」
伊万里ともう一人、茸毒を調べている円井猛という研究生をつれて、現地に調査に行くことにした。伊万里にはDNAの解析をするために残っていてもらおうと思ったが、本人が希望したことと、DNA解析は現時点では急ぐことではないこともあり、一緒に行ってもらうことにしたのである。
最初に上田に行った。上田の山の奥に入ったところに、椎茸栽培所があった。ほだぎが林の中の環境のよい場所にならんでいる。茸がずい分大きくなってほったらかしになっている。出荷をさし止めされているからだろう。
我々が行くことは役所のほうから連絡がいっており、調査はスムースにできた。
栽培主の話を聞いても、なんら問題のあることは浮かび上がらない。どこにでもある普通の栽培所である。円井はほだぎに毒茸が生えていて混じった可能性を見て回ったが、特にみあたらなかった。
我々は、数箇所の茸を採取し、もう一度、その老人の話を聞いた。主人は六十後半で、波多一彦といった。波多は「わしんとこの茸で中毒したっちゅうのは何か間違いじゃないかと思いましたが、何かあるといかんと思い出荷は控えております。もうそろそろ、わしも引退かと思っておりましてな、子どもたちは都会にでてしまっておりますしなあ」
そう言って寂しそうな顔をした。私はここを手伝っている人たちが椎茸で中毒した人がいるかどうか聞いた。
「いや、わしは毎日のように食っているが、なんともないですよ、手伝ってくれている人たちには自由に採って食っていいといっていますが、おかしくなったっていうのは聞いていませんな、最も、みな頑丈ですけどな」
伊万里がいきなり波多に聞いた。
「今年になって、このあたりの気候やら、風の様子で変わったことがないでしょうか」
「いやあ、特に気が付いたことはないですな」と言ってから、「いや、風穴から噴出す風がちょっとばかり強くなっているようだが、それは関係ないでしょう」
「穴があるのですか」
「ええ、林の突き当たりに人の頭ほどの穴があいていて、いつも同じ温度の風が出ております、それで、林の中の温度が茸に調度よくなっているのかもしれんですわ」
「見てみたいですがいいですか」
「もちろん、すぐですよ、行ってみますかね」
「はい」
ほだぎが組まれている中を歩いていくと、山の上に向かう細い路があった。そこの手前で下草が覆っている斜面に波多老人はかがみこんだ。羊歯を手でよせて、「ほら、これですよ」と穴を露呈させた。確かに風がでている。
「ここに紅天狗茸の子どもが顔を出してますよ」
穴の脇に小さな紅いふくらみがあるのに円井が気付いた。
「そうですな、あまり毒茸は生えないのですが、珍しい」
波多老人が踏み潰した。
伊万里は穴に顔を近づけると首をかしげた。
「どこにつながるのでしょうね」
「言い伝えでは、不思議な見たこともないようなものが現れる穴だそうです。私は見たことがないが、丸く光る玉が飛び出して、林の中を彷徨って戻っていったと私のじいさんが言ってましたな、じいさんは猟師をやっていました」
「風に茸の匂いがしませんか」と伊万里が言った。
茸が生えるような場所には独特の匂いがあるものである。私は気がつかなかったが、言われてみるとたしかにそのような匂いが混じっている。
伊万里は標本ビンの口をあけて穴の中に突っ込み栓をした。
「地底深くには洞窟があるのかもしれませんな、そこの場所に異変でも起きて風の量が増えたのかもしれん」
それで上田の調査を終え、松本に向かった。松本で調査をして一泊し、中央線で諏訪によって帰る予定を組んでいる。
松本は大きな町である。茸栽培をやっているところは、タクシーでかなり行った山際にあった。斜面に昔の防空壕があり、その中で占地や滑子が栽培されていた。中はひんやりとして、適度な湿気と温度が保たれている。
主人の鈴木久生は「ちょっと温度が上がっているかもしれませんね、奥のほうから吹き出してくる風が変わってきているようで」
ここでも、風の量が話題になった。
「この防空壕はいつごろ掘られたのですか」
「もちろん戦時中ですけどね、もともと、洞窟があったといわれています。それを広げたようです」
「鈴木さんがなさったのじゃないのですね」
「私は戦後生まれですよ」、彼は笑った。
奥にすすむと、板が立てかけられ、通行止めになっていた。
「ここから先は洞窟につながるところだと思いますが、私が入ってみたら、土砂でうまっていました」
ここでも、伊万里はビンを出して吹き出してくる風を集めた。円井はいくつかの茶色の茸が境に生えているのを認め採取した。
「毒笹子のようだ」彼は誰に言うのでもなく呟いた。
栽培されている占地や滑子のサンプルを採って、ホテルに入った。
「どちらにも穴があって、風が吹き出し、その量が変わってきた、というのが共通点ですね」
伊万里が言うと円井も
「風の吹き出し口に毒キノコが生えていた、それも共通点ですよ」
と言った。彼の茸の研究暦は長い。ベテランである。
「研究室にサンプルを持っていって解析しないと分かりませんね」
「明日は早くに諏訪に向かうよ、今日は何を食べよう」
「茸はやめましょう」
ということで、駅前の蕎麦屋で天麩羅そばを注文したのだが、椎茸のてんぷらも入っていた。「おいしい」伊万里はさっき言った言葉など忘れてしまったように、天麩羅を口に運んだ。円井も同じく。
次の日、諏訪に着くと、茸農家の次男坊が車で迎えに来てくれた。
「よろしくお願いします」
わたしが頭を下げると、いかにも人の良さそうな青年が「こちらこそ、浜田晴彦です」とごつい顔を崩して愛想よく挨拶をかえしてきた。
「マッシュルームで中毒するなんて思いませんでした、原因が分かるといいと思っていますので何でも協力しますよ」と車のドアを開けた。
ついたところはやはり山際で、林に囲まれた中に黒いビニールで覆われた温室が並んでいる。
一つの温室に入ると、ひんやりと冷たく、湿度も保たれていた。並べられている台の上にマッシュルームの培地がならんでいる。
「これだけ大きな温室を冷やすには電気代が大変ですね」
「いや、必要な時につける明かりだけで、温度管理には全く電気を使っていないのです、どうぞこちらへ」
彼が案内してくれたのは大きな温室の真ん中にある井戸であった。そこから冷たい風が吹き出している。
「これは昔、おそらく戦国時代に掘られた井戸で、水も出ますが、風が吹き出してきます。これで、調度いい湿度と温度に温室内が保たれています」
「温室がずい分たくさんありますね」
「五つあります」
「井戸も五つあるのですか」
「その通りです、むかし、五軒の家があって、それぞれが井戸を持っていたのだと思います。その井戸の上に温室をつくったことになります」
「経費が余りかからなくていいですね」
「ええそれで事業をはじめました、井戸に頼っています、だけど、ここのところ、風の具合が違うようです、強くなっている」
伊万里はすでにガラス瓶を井戸の中に向けている。円井は井戸の周りについている小さな黒いつぶつぶを採取していた。
「研究室にサンプルを持っていって、解析をするので、マッシュルームをいくつかとらせてください」
「どうぞ、必要なだけお持ちください、今出荷するなと言われていますので」
我々はそれぞれの温室からマッシュルームのサンプルをとった。状況を聞いた後、浜田は駅まで送ってくれ、特急スーパーあずさに乗り帰途についた。
「あそこでも、風が問題のようでしたね」
伊万里が言ったら、円井もうなずいた。
その日のうちに、科学博物館にもどり、サンプル解析を開始した。
次の日、面白い結果がでた。上田の椎茸牧場の椎茸の中に、中毒を引き起こしたものと同じ茸毒をもっているものがあった。松本の占地と滑子も同様である。さらに諏訪のマッシュルームにも茸毒があった。弱いものではあるが人によっては腹を下すだろう。中毒を引き起こしたのは、毒をもっている茸がたまたま増殖して、それが出荷されてしまったからだ。
だが、なぜ毒をもつようになったのか。それを示す、伊万里のサンプルがある。
ガラス瓶を風にかざしたものである。ガラス瓶の中にはたくさんの茸の胞子が含まれていたのである。三箇所とも吹き出す風に胞子が混じっていた。奇妙なことに一つの茸ではなくあらゆる茸の胞子が含まれていた。しかし、その中に毒茸は全くなく、人間がよく食べる茸であった。リストを作ったところ、三箇所とも共通で、八十種類の茸があった。
円井はその胞子の培養を試みた。伊万里は採取してきた茸のDNA解析をおこなった。円井が培養をした胞子からは茸が顔をだし、八十種類の茸になった。その食用可能な茸たちはみな弱いながら茸毒をもっていた。伊万里のDNA解析はさらに面白いことを示唆していた。毒をもっている食用茸はどれも、新しいタイプのDNAをもっていた。伊万里の研究しているビタミンD合成に関わる酵素のDNAは今のものと違っており、何か異なった働きを持つようになっているようである。
そのような結果を報告すると、厚労省はすぐに警告を発した。椎茸をはじめとして、ほとんどの食用茸に毒が入っている可能性が報道されたのである。
初めは長野だけであったが、他の県にも広がっていった。
しだいに、茸の生産は中止か、減産においこまれた。茸毒スピードチェックのチップが開発され、毒茸かどうかすぐ分かるようになったが、国民は茸を食べないようになってきた。
長野だけであった茸毒事件は全国に広がり、京都の松茸を食べてお腹を壊した人も出てきた。
次の年、ほとんどの茸は食べる前に毒を抜く作業をしなければ売り物にならなくなった。日本人が茸を食べることをあきらめつつあったのである。
私はオムレツを作っている家内に言った。
「茸無しのオムレツしか食べることができないね」
「ええ、でも、最近、茸味のかまぼこが出てきているわ、味や歯ざわりが同じようで、このオムレツにもそれを使っているの、意外といけるのよ」
日本はかまぼこが得意である。蟹肉のかまぼこなど、見た目も味も本物と間違えるほどのものが作られている。
差し出された出来立てのオムレツを口にいれてみた。
確かにマッシュルームそっくりのものがはいっていた。
「どうして、毒がでるようになったのかしら」
「今調べている最中でね、あの上田の風穴、松本の防空壕、諏訪の井戸がどこに続いているのか政府も調べているのだが、分からないみたいだ、防空壕の奥や、井戸の中に人が入ろうとすると、突風が吹いて吹き戻されてしまうのだそうだ。今でも胞子の噴出を止めることができないということだからね」
「本物の茸が食べたいわね、高いのよ、安全なマッシュルームが一パック五千円なのよ」
「へえ、そうなっちまったのか」
「伊万里君の調べた結果だと、未来の茸じゃないかというのだよ、とするとね、あの三つの穴は未来につながっているのじゃないかって」
「まさか、でもそうなら、未来の茸はみな毒茸になっているっていうことね」
「そういうことになるね」
世間では自然に生える茸には目を向けなくなった。ただ茸の専門家である円井猛は、野や山にやたらと茸が生えるようになったことに気づいていた。
三つの穴の奥の奥の世界である。
それは、西暦十万一年の未来であった。つる性植物と茸が戦争をしていた。まだ輝きを失っていない太陽が光を地球の上にふりそそぐ。地球上には動物はおらず植物と菌類だけである。水星と金星は太陽に吸い取られ栄養となり、太陽の寿命が延びた。
地球上では少しかげりの出てきた太陽の光のもとで、植物と菌類が領土争いをしている。それぞれが動物のように動き回り、互いに意思の伝達を行って社会生活をしている。人間という動物が居る時、茸は食べられて植物より生存率が悪くなっていた。今の世に茸たちは自分たちの領土を増やすにはもっと個体が必要だと思ったのである。それは、大昔に茸がもっと増えていなければいけない。幸い茸には胞子を過去に送る手段があった。時間のトンネルである。未来の茸は動物たちに食べられないように強い毒をもっていた。その胞子を過去に送り、茸を人間や他の動物たちの食物からはじくように仕向けたのである。そして茸が増えるようにしたのである。
それは功を奏し、人間は茸を食べるのをやめ、茸を食べていた動物も食べなくなった。草食動物や人間は植物を食べ減らしていった。西暦五万年、植物と菌類は意識を持ち地球を支配し始めた。太陽の力が弱ってきたことから、人間は移住する星をもとめ地球を離れ、他の動物たちは死滅した。植物と菌類のバランスは十万年を境にくずれて、茸が植物を上回ったのである。
なぜ、茸がすべて毒になったか、人間たちは分からずに宇宙に旅たっていったのである。
もちろん、サイエンス博物館の茸研究のスタッフもそのようなことが行われたことは知る由もない。
円井猛は菌類の進化について専門書を書き、茸が動物たちに食べられないように、毒を強くしていることを提言した。それは菌類研究のバイブルとなった。
一方、伊万里麻里は、あの三つの穴が未来とつながっている可能性を考えた。豊かな発想力が研究には欠かせないのである。彼女の経験から書いた「未来からの茸」が理系を目指す女子高校生、いうなればリケジョたちによく読まれ、その年のベストセラーの一つになったのである。
未来茸
私家版 第八茸小説集「遊茸空、2020、一粒書房」所収
茸写真:著者: 長野県富士見町 2016-9-16