第2章知られたく無いこと
知られたく無いこと
後輩・田島の言葉が、空気を切り裂いた。
「健二さん、会社……来てないって」
公園のざわめきも、子どもたちの笑い声も、すべて遠くなった。
健二は、乾いた喉を無理やり動かした。
「……ああ。まあ……色々あってな」
曖昧に笑う。
笑って誤魔化す。
それしかできなかった。
だが田島は、引かなかった。
「色々って……ウワサ、本当なんですか?」
ウワサ。
その言葉に、健二の背筋がひやりとした。
「何のウワサだ?」
「その……リストラの……」
田島の声は、申し訳なさそうに小さくなった。
健二は、俯いた。
嘘を重ねることにも、限界がある。
でも、いまここで真実を言う勇気もなかった。
「まあ……大したことじゃないよ」
健二は、おにぎりの袋を丸めて立ち上がった。
「じゃあ、仕事に戻るよ。田島もがんばれ」
田島は気まずそうに会釈したが、何か言いたげに口を開きかけては閉じた。
――やめてくれ。
心の中で健二は叫んだ。
追及されれば、壊れてしまう。
***
午後。駅前のカフェ。
毎日の“避難所”。
紙コップのコーヒーの温かさだけが、健二の唯一の味方だった。
ただ、今日は落ち着かなかった。
田島に見つかった――その事実がずっと胸に引っかかる。
(まずいな……会社のやつに見つかるなんて)
また震える。
今度はスマホだった。
<今日、早く帰れる?>
妻・千春から。
<うん。定時で上がれそう>
嘘を打つ指が、少し震えた。
(俺は、いつまでこうしてるんだ)
自分でも分かっている。
この生活は、長くはもたない。
財布を開く。
退職金の一部と、わずかな貯金を合わせても、数ヶ月が限界だ。
再就職も考えたが、年齢と経歴でなかなか通らない。
面接の「最後の質問」で、いつも自分の弱さが露呈してしまう。
「……くそ」
コーヒーが、やけに苦かった。
***
夜。いつもの時間に家へ帰る。
「おかえり」
「ただいま」
食卓には、千春の作った夕飯。
温かいごはん。味噌汁。焼き魚。
何も言わないその優しさが、胸を刺した。
「今日、どうだった?」
千春は、何気ない声で聞いた。
だが健二には、その一言が重かった。
「うん……まあ、ちょっと忙しかったけど」
また嘘をつく。
千春は少しだけ笑った。
「健二、最近疲れてるね。大丈夫?」
「……大丈夫だよ」
嘘をつくたびに、胸の奥がぎゅっと締めつけられる。
千春はふと、視線を落とすと、箸を止めた。
「ねえ……」
「ん?」
「今日、健二のことで……変な電話があったの」
その瞬間、健二の心臓が跳ねた。
「で、電話?」
「会社の人だって言ってたけど……」
千春は続けた。
「“最近、健二さんを見ないんですが、何かあったんでしょうか”って」
カチャン、と箸が手から落ちた。
千春は心配そうに覗き込む。
「健二……何か、隠してる?」
――ついに、家にも影が忍び寄ってきた。
嘘が、音を立てて崩れ始めていた。
― 第2話・了 ―
第2章知られたく無いこと