掌編集 53
521 ある研究
結婚して子どもができて退職して、そろそろ働こうと思ったらまたできて……
でも、パート勤務も4か所目。今の介護施設に勤めたのはなんと59歳のとき。
すぐ近くの施設で、入居者さんにも職員にも面食らうことばかり。
そんなこと、あんなことをエッセイにして投稿したら、結構読まれてる。
もう、自分を実験台にして、認知症研究していくつもり。どうしたら介護状態にならずにすむのか?
今のところわかったのは……
歩く。
人と関わる。
歯を失くさない。毎日キシリトールガムを5分噛む。
お題を考えて投稿する。
いつまでできるかな?
いつまで働けるのかな?
契約更新では、まだOKだって。
【お題】 私のライフワーク
522 出てこられない訳
隙間女という怖い都市伝説があるみたい。
そうか、それだったのね。
ずっと誰かに見られている感覚。
押入れは締めても隙間空くし、冷蔵庫と食器棚の間は隙間がないとね。
どこにいるの?
隠れてないで、出ておいでよ。
出られないの?
そんな恨めしそうな顔しないで……
出ていらっしゃいよ。お話しましょ。
おはぎもあるわよ。
あら、オニギリにぎっしり虫が……
あら、ぎっしりって、この使い方でよかったかしら?
ぎっしりとは……
全てにおいて隙間なく詰まっている様子。
私は勉強家だったのよ。
あなたも隙間に詰まっちゃったの?
動けないの?
そんな恨めしそうな顔しないで。
それとも妄想なのかしら? 自分の歳も忘れたし。
それに、出てきても足の踏み場もないものね。
ずっとゴミ出ししてないから異様な匂い。
え? 助けて欲しいの?
虫たちは隙間が好きだからね。
え? こっちよりマシだって?
なに言ってんのよ。
出てきて、掃除しなさあい!!
怒るわよっ!!
【お題】 異様な隙間
523 ライバルに
奴とは友情で固く結ばれていた。
甲子園は準優勝。
巨人軍では奴の魔球完成に貢献した。
ずっと続くと思っていたが、奴と俺はライバルになった。
そうさせたのは、奴のおねえさんの放った言葉のせいだ。
「青春には安全な株を買ってはならない」
(ジャン・コクトー)
ああ、ずっと思い続けていた明子さんは、花形満の妻になった。
【お題】 奴と共闘できたら向かうところ敵なし
524 夜は憂鬱
朝の仕事は3時間。配膳、シーツ交換、片付け、洗い物、洗濯、物品補充等々。
立ちっぱなし、中腰、重いものを持つ、引きずる。手が荒れる。
でも、楽。
皆、比較的おとなしい。
気力がない方もいる。精神薬のせいか、箸も持てない。持ち方、忘れたの?
薬の量、減らした方がいいんじゃ? と素人の私は思うのだ。
10時に帰って、のんびり。読んだり書いたり、ごはん作ったり。
ごはんは食事のことを言うのね。
施設では、若い人は、「コメ、よそって」と言う。「コメ、食べる?」とか。
娘の義親が新潟の農家さんから米を毎年買ってきてくれる。今年は90キロのお米が娘の家に届いた。市販の半額くらい。ありがたい。
新潟の新米は炊いた時のツヤが違う。今年は備蓄米も食べた。みりんと昆布を入れて炊いた。まあ、普通だったけど。
新米は米のとぎ汁で炊くと美味しいのだとか。軽くといで、浸水15分、ざるにあけて15分。そしてとぎ汁を米と同じ量。米はカップではなく重さを計った方が良いそうだ。2合半で375グラム。水も同量。
そして、早炊き。すぐに炊き上がる。
そして食べ過ぎて、夜の仕事に行く。
夜は憂鬱。
皆、元気。夕方症候群。帰りたい症候群。朝と夜、同じ時給っておかしくない?
歩けないのに立ち上がるからピーピー鳴る。座らせても、またすぐ立ち上がる。ピーピーピーピー、仕事になりゃしない。
転んで入院しろ、と……思いません。
フラフラ他人の部屋に入る人、お願い、座ってて、と本を読ませる。
ボロボロの雑誌やなぜか文庫本。それに、なぜか英語の小説まで。
それをページをめくっている。指に唾つけてめくっている。
小さいおばあちゃんは、だんだん車椅子から滑ってずり落ちていきそう。ベルトしてやりたい。Y字帯したいですね、とリーダーさん。でも、それは拘束になるんです。
ああ、もうすぐ、また虐待研修の面接。1年早いなあ。
【お題】 小説とごはん
525 悪魔の仕事場にて
某サイトのお題【ワークショップ】
カタカナのお題は苦手。
ワークショップなんて、調べてもなんにも書けない。
また、パスだわ……
なんて、往生際悪く調べたら発見。
Idle hands are the devil’s workshop.
暇な手は悪魔の仕事場、と直訳され、
「何もせずにぶらぶらしていると、悪いことをするようになる」
という意味のことわざ。
これは日本のことわざ
「小人閑居して不善をなす」
と似た意味合いを持つ。
うわっ、この年まで生きてきて初めて聞いた、かも。
暇な状態や怠惰な状態は、悪い考えや行動につながりやすい、という意味。
私、毎日暇なんですけど。
526 浄化
この間死んだらしい。
死ぬと魂が離れ浮遊する。
魂には重さがあると聞いたことがある。死んだ私の体は魂の分だけ軽くなったはず。
私は浮遊層を漂った。
人は亡くなると、しばらくの間この層にいるらしい。この世とあの世の間。
この世に未練のない人はさっさとあの世に行くが、執着がある人はずっととどまる。
なかには、死んだのかもわからない魂もいた。自分が誰だったのかもわからない魂も。最近では大勢いるそうだ。そういう魂はずっと漂う。
だから、浮遊層は大変なことになっている。
浮遊層は重力に縛られない場所なのに上手に浮遊できない魂が大勢いる。
私はまだ23歳。簡単に成仏できない。
結婚したばかりだ。
かあちゃんより先に死ぬなんて。
声が聞こえる。
「棺桶の蓋、閉まらないよね」
「足の関節折るのかな? でも、棺桶の蓋が閉まらないよりはいいよね」
「まったく、最後まで面倒かけて」
しばらくの間、私は見ていた。あんなに小さい私の体。拘縮して足がひどく曲がっている。
あれは、私の孫? いや、ひ孫たちだ。
夫はすでに死んでいたのか? それさえ知らされなかった。
息子は? 息子も亡くなっていたのか。
私は100歳を超えていた。
嫌われていたから、皆せいせいしてるだろう。誰も涙を流さない。
もう未練はなくなった。心配なのはひとつだけ。
棺の蓋がしまるだろうか?
いや、そんなことはどうでもいい。
浮遊層にまだ夫も息子もいるかもしれない。
納得した私は浄化されたようだ。
【お題】 浮遊層
「浮遊層」は、主に社会構成や政治分野で使われる言葉で、特定の社会階層や政党に所属意識を持たない、あるいは特定の行動をしない集団を指します。具体的には、明確な階級意識や政党支持を持たない知識階級や、選挙で特定の政党を支持しない有権者層などを意味します。
(AI による概要)
527 ひとり
ひとり暮らしをしたことがない。
結婚するまで父と同居。
40年以上夫と同居。
嫌な時も、イヤな時もずっと一緒。
ああ、ひとり暮らしをしてみたい。
たぶんできると思う。
できるなら、まだ元気なうちに。
足腰丈夫で頭もしっかりしているうちに。
ひとりを謳歌しよう。
持病はないし、遺族年金といくらかの蓄え。
働けるうちは働いて。80代でも働いてる人がいるから。日に1時間でも働いて、死ぬ前の日まで働いて。
共同生活は嫌だな。
テレビの音は凄まじく大きいし、入浴は週に2回。3番目だなんて浴槽に入りたくない。
お茶はぬるいし、薄い。
野菜は茹ですぎ。ごはんは柔らかすぎ。
ああ、施設に入るお金はないか。
【お題】 ずっと一緒
掌編集 53