アルベリオの物語

アルベリオの物語

少年アルベリオと白いユニコーンの物語。結婚後に考えた物語です。子供ができないとわかった時、思いついた物語なので、アルベリオを始め登場人物はみな、私の子供のような存在です。

第1章 森の子

1.森の子

 朝の霧が森を包み、光が葉の隙間からこぼれていた。

露をまとった苔が柔らかく輝き、小川のせせらぎが遠くで響く。
鳥たちは枝の上で囁き合い、風が通るたびに木々が静かに揺れた。森はまるで息をしているように、穏やかで、どこか神聖な気配を放っていた。

 その美しい静寂の中、崖の下の岩場にひとりの小さな少年が倒れていた。
横向きに身体を丸め、足を抱えたまま、気を失っている。
髪は土と血にまみれ、衣は破れ、肌には無数の擦り傷があった。
それでも、その顔には不思議な安らぎが残っていた。まるで森そのものが、彼を包み込んで眠らせているかのようだった。

 やがて、落ち葉を踏む音が近づいた。茶色のくせ毛を後ろで束ね、眼鏡をかけた男が姿を現す。

旅装束の裾には土がつき、腰には一本の剣が下がっている。
男の名はジフェン。剣士でありながら、どこか学者のような静けさをまとっていた。

「……まだ息があるな。」
ジフェンは膝をつき、少年の脈を確かめた。冷たい肌、浅い呼吸。だが確かに生きている。
彼は外套を脱ぎ、少年の身体を包み込むように抱き上げた。その腕には、戦士の力強さと、慈しみの温もりがあった。
「この森が育てた子供なのか……?」
ジフェンは崖下の小屋へと少年を運び、薬草を煎じて手当てをした。

 夜が更けるころ、少年はうなされながら目を開けた。
焚き火の光が揺れ、見知らぬ天井がぼんやりと映る。

「……目が覚めたか。」
ジフェンの声に、少年はびくりと肩を震わせた。

怯えたように身を引き、言葉を発しようとしたが、声にならない。口を開いても、音が途切れ、意味を成さなかった。

「言葉が……通じないのか。」
ジフェンは静かに息をついた。
少年は人間の言葉を知らないようだった。だが、その瞳には恐れよりも、警戒と純粋な好奇心が宿っていた。

ジフェンは焚き火のそばに座り、ゆっくりと手を差し出した。

「大丈夫だ。傷はもう塞がりつつある。」
少年はしばらくその手を見つめていたが、やがておそるおそる触れた。
その瞬間、ジフェンは微笑んだ。

「……乱暴な子ではないな。」
少年は言葉を返せないまま、ただ小さく頷いた。

その仕草に、ジフェンは何かを感じ取った。森の中で育った野生の静けさと、人の心を持つ優しさ。それが、この少年の中に同居していた。

 数日が過ぎ、少年は少しずつ体力を取り戻した。ジフェンは彼に食事の仕方や火の扱いを教え、簡単な言葉を繰り返し聞かせた。

「これは“水”。これは“火”。」
少年は真剣な目でそれを見つめ、口の形を真似た。

「……みず。……ひ。」
言葉はたどたどしかったが、確かに理解しようとしていた。

ジフェンはその姿に、静かな感動を覚えた。

「学ぶ意志がある。ずいぶん素直だ。」

優しい森で、優しい動物たちに育てられたからこそ、少年はまっすぐだった。争いを知らず、恐れよりも信じることを先に覚えた瞳。その純粋さが、ジフェンの胸に温かく残った。

 ある日、ジフェンは外に出て、木の枝を拾い上げた。

「これを持ってみろ。」
少年は首をかしげながらも、枝を受け取った。
ジフェンは軽く構えを示し、ゆっくりと動きを見せた。

「こうだ。風を感じろ。」
少年は真似をした。
枝が空を切り、風が頬を撫でた。
その瞬間、森の葉がざわめき、光が差し込んだ。

ジフェンはその光景を見て、眼鏡の奥で目を細めた。
「……やはり、森が選んだか。」

少年は不思議そうに首を傾げた。
ジフェンは微笑み、彼の頭を軽く撫でた。

「アルベリオ。おまえの名は、今日からそう呼ぶことにしよう。」

少年はその名を繰り返した。
「……アルベリオ。」

その声はまだ幼く、拙かったが、確かに人の言葉だった。ジフェンは焚き火の炎を見つめながら、静かに呟いた。

「この子は、森の声を聞く者になる。」

こうして、森の子アルベリオと剣士ジフェンの物語が始まった。
それは、師と弟子、そして父と子のような絆が芽生える、最初の夜だった。

2. 剣士の庵

 アルベリオがジフェンのもとで暮らし始めてから、季節がひとつ巡った。
森の小屋は静かで、朝は鳥の声、夜は焚き火の音だけが響く。

ジフェンは剣の構えだけでなく、言葉、読み書き、そして「心を整えること」を教えた。

アルベリオはまだ幼く、言葉も拙いが、吸い込むように学んでいった。
森の動物たちは彼の周りに集まり、まるで旧友のように寄り添った。

ジフェンはその光景を見て、「森が彼を守っている」と確信する。
だが同時に、森の奥に漂う“異なる気配”にも気づき始めていた。

それは、静かな腐敗のように、少しずつ生命の流れを濁らせていた。
ある夜、ジフェンは焚き火の前で剣を磨きながら語る。
「この森は優しい。だが、優しさの裏には痛みもある。
 おまえが森と共に生きるなら、その痛みを知ることになるだろう。」

アルベリオはその言葉を理解できずに首をかしげる。
けれど、森の風がその背を撫で、まるで答えるように葉を揺らした。
やがて、ジフェンはアルベリオに初めて“本物の剣”を握らせる。
それは彼の成長を確かめるための試練でもあった。

森の中で、風と光と影が交錯する。
アルベリオの剣筋はまだ幼いが、森の息吹と共に動いていた。
ジフェンはその姿を見つめ、静かに頷く。
「――この子は、いずれ森の外へ出る。」
その言葉は、運命の予兆のように、夜の森に溶けていった。

第2章 風の道

第2章 風の道
1.旅立ちの朝
「アルベリオ」
森の木漏れ日の下で、ジフェンは静かに言った。
「君は外の世界に出て、もっとたくさんのことを体験して、人間の大人になるんだ」
アルベリオはうつむき、指先で土をなぞった。
「……僕に、できるかな」
ジフェンは微笑んで、彼の肩に手を置いた。
「できるさ。いつでも、風を感じろ。恐れることはない。 人間の世界は恐ろしい所だが、楽しいこともたくさんあるんだ。世界はこの森よりも、もっと、とても広いんだ。君が見たこともない景色が、ずっと先まで広がっている。
この森にいて、このまま動物たちと一緒に大人になったなら、君は獣の心を持つ人間になってしまう。君は人間の心を成長させて、良い人間にならないといけないんだ。
それから、これは獣も同じだけど、人間にも良い人間と悪い人間がいる。悪い人間には充分に気をつけろよ。自分の命を大事に守れ。
さあ、君は行って、人間の世界をその目で見て感じて。楽しんでこい」
その言葉が、森のざわめきとともに胸に染み込んでいった。
「………はい、師匠」
アルベリオは顔を上げ、遠くの光を見つめた。
「ここに戻ってきてもいい?」
「時にはな。しかし、すまないが、俺はその時ここにはいないかもしれない」
「師匠…なぜ?」
「俺には果たすべき約束がある。君を旅立たせる時が来たら、俺もその約束を果たすために遠くに行かなきゃならないと思っていた。俺は数日したら、エルフの国へ行くよ。いつかお前がそこを通る時が来れば、俺を訪ねてくるがいい。みなで歓迎するよ」
「僕は師匠と一緒に行きたい」
「それはできない。俺の旅は、厳しい自然の向こうにある。君が体験すべき物事とは正反対の危険がある旅なんだ。これは俺が越えるべき試練。アルベリオは人間の世界を見てくる、それがお前の試練だ。……わかったか?」
「……はい。師匠、お元気で」
「お前も。頑張るんだよ。この庵には時々戻って手入れをしておく。お前がいつでも帰ってこれるように」
「……ありがとうございます」

2.草原を越えて
そして今、森を出たアルベリオの前に、広大な草原が広がっていた。
朝の光を受けて、草の海が金色に揺れる。風が頬を撫で、森とは違う匂いを運んでくる。 それは少し乾いていて、どこか懐かしいような匂いだった。
背後を振り返ると、森の木々が遠く霞んで見えた。ジフェンの姿はもう見えない。けれど、風の音の中に、彼の声がまだ残っている気がした。
「行け、アルベリオ。おまえの旅は、ここから始まる」
アルベリオは深く息を吸い込み、歩き出した。足元の草がざわめき、靴の裏に柔らかな感触が伝わる。森の中では感じられなかった広さが、胸いっぱいに広がっていく。
 昼を過ぎるころ、遠くに小さな村が見えた。煙が上がり、家々の屋根が陽光を反射している。アルベリオは胸を高鳴らせながら歩を速めた。だが、村の手前で足を止める。
見知らぬ人々の声、家畜の鳴き声、金属の音。 それらすべてが、森の静けさとはまるで違う。胸の奥に、少しの不安が生まれた。
「……大丈夫。ジフェンが言ってた。外の世界を見ろって」
自分に言い聞かせるように呟き、村の門をくぐった。人々は忙しそうに行き交い、誰も彼に気を留めない。それがかえって、心を落ち着かせた。
市場の通りを抜けると、パンの香ばしい匂いが漂ってきた。アルベリオは懐から小さな袋を取り出す。ジフェンが渡してくれた旅のための銀貨が数枚。その一枚を差し出し、焼きたてのパンを受け取った。
「ありがとう」
店の女主人はにこりと笑い、言葉少なに頷いた。その笑顔に、アルベリオの胸の緊張が少しだけほどけた。 パンをかじりながら、村の外れに腰を下ろす。風が吹き抜け、草が波のように揺れた。その風の中に、森の匂いがほんの少し混じっている気がした。
「ジフェン……ちゃんと歩いてるよ」
小さく呟き、空を見上げた。雲が流れ、太陽が高く昇っていく。その光の向こうに、まだ見ぬ世界が広がっていた。 旅は始まったばかりだった。
 森を出て数日、黄昏の草原を歩いていたアルベリオは、風の中にかすかな鈴の音を聞いた。
振り向くと、何か白くて美しい生き物が丘を駆け抜けていく。夕陽を受けて光るたてがみ、細い脚、額に短い角。その姿に息をのむ間もなく、人々の怒号とともにそれは捕らえられた。
その生き物は怪我をして弱っていて、もう走れなくなり、男たちに縄で縛られ、荷車に押し込まれていた。
「珍しい獲物だ、団長が喜ぶぞ!」
男たちの笑い声が風に消える。悲しい鳴き声が辺りに響き渡った。 アルベリオは木々の茂みの間でただ立ち尽くし、胸の奥で何かが軋んだ。怖くてしばらくその場を動けなかった。
暗く冷たい夜が広がった。
 数日後、草原の先にある町の広場でサーカスの幕が張られていた。灯りが揺れ、笛と太鼓が鳴り響く。 アルベリオはその喧騒の中に、あの白くて美しい生き物の気配を感じ取った。
幕の裏には檻が並び、そのひとつに、それが閉じ込められていた。月光を受けて淡く光る毛並み、額には短い角。
「きみは……大丈夫かい?」
アルベリオが呟くと、白くて美しい生き物が顔を上げた。その瞳は怯えと諦めを湛えていた。アルベリオの頭のなかに、彼の直接声が聞こえてきた。
「僕、逃げようとしたんだ。でも、捕まって……」
足には鎖、角には鈍い金具。アルベリオは拳を握りしめた。
「おい、坊や。そんなところで何してる?」
背後から声がした。古びた帽子をかぶった手品師の男が立っていた。
「この子を助けたいのかい?」 
「あなたも……この子を知ってるの?」
「ああ。この子は本当は見世物なんかじゃない。けれど、団長は金になると思っているんだよ」
男は懐から小さな鍵を取り出した。
「今夜だけは風が味方してくれる。檻の鍵はこれだ」
「どうして、そんなことを?」
「昔、森でこの子の親に命を救われたんだ。恩を返す時が来たんだよ。さあ受け取りな」
夜更け、手品師の小屋でランプが灯る。アルベリオは鍵を握りしめ、男の言葉を聞いていた。
「明日の夜、団長は満員の舞台で“奇跡の白獣”を披露する。そのとき、わしが手品を披露して、照明が落ちる瞬間がある。そこが唯一の隙だ」
「逃げられると思う?」
「風が味方すればな。だが、坊や、覚悟はあるかい?」
アルベリオは頷いた。
「あの子を、もう檻に閉じ込めさせない」
 翌夜、満員の観客が見守る中、団長の声が響いた。
「さあ皆さま! 奇跡の白き獣をご覧あれ!」
幕が上がり、光が走る。彼は怯えながらも、角を伏せて立っていた。
その瞬間、舞台の上空で手品師が帽子を振る。煙が立ちこめ、照明が落ちた。
「今だ!」
アルベリオが檻の鍵を開け、彼の鎖を外す。彼が一歩踏み出すと、角が淡く光り、風がふわりと舞い上がった。 幕が揺れ、観客の歓声が悲鳴に変わる。
「走れ!」
手品師の声が響く。アルベリオと彼は舞台裏を抜け、夜の町へと駆け出した。 追手の怒号が遠ざかり、やがて静寂が戻る。丘の上で立ち止まり、振り返ると、サーカスの灯りが小さく瞬いていた。
「助けてくれて、ありがとう」
白くて美しい彼が小さく言った。
「僕、ユニ。君は?」
「アルベリオ。森から来た」
「森……いい匂いがするね」
ユニは微笑み、風にたてがみを揺らした。その笑顔に、アルベリオの胸の緊張がほどけていく。
「これから、どこへ行くの?」
「まだ決めてない。でも、旅をしてる」
「じゃあ、僕も一緒に行っていい?」
「もちろん。風が導くなら、きっと同じ道だ」

3.滝のそばの家
 夜の森を抜け、二人は風の音に紛れて逃げ続けた。焚き火の煙を見つけては身を潜め、夜霧の中を駆け抜ける。ユニの角の光は弱まり、足取りも重くなっていた。
「もう少し……森の奥まで行こう」
アルベリオが言うと、ユニは小さく頷いた。 しばらく行くと、開けた場所に出て、美しい滝が流れていた。夜の闇に、蛍が星のように舞っていた。
滝の音で、追っ手の馬のいななきや気配が消えてしまった。ユニがそっと言った。
「………追っ手の馬の気配がなくなった、彼らの声も、もう聞こえないよ」
「うん。もしかしたら、向こうも僕たちを見失ったのかもしれない」
 そのとき、木々の間から灯りが差した。
「こっちへ。早く!」
 木々の間から赤毛の少女が現れ、二人を小屋の中に導いた。扉が閉まると同時に、外の気配が遠ざかる。 ユニが足を引きずっているのに気づき、少女はすぐに駆け寄った。
「傷がある。冷やすといいわ」
彼女は手早く薬草を取り出し、細かく刻んで塗り薬を作ると、そっとユニの傷口に塗った。ひんやりとした感触が広がり、ユニはほっと息をつく。
彼女は包帯を巻きながら、手際よく処置を進めていく。
「森の薬草は、こういう時に役立つの」
アルベリオが感心したように見つめる。
「ありがとう、きみは?」
「私はモーラよ。ここで薬草を採って暮らしているの。あなた達をみていたら、なんだか放っておかなかったのよ」
彼女は静かに微笑み、ユニの様子を確かめた。 朝の光が滝のしぶきにきらめき、三人の新しい一日が静かに始まった。 それから二週間が過ぎた。アルベリオとユニはモーラの小屋で穏やかな日々を過ごしていた。 森の風は優しく、滝の音が夜ごと眠りを誘った。
 ある夕暮れ、扉の外から歌声が聞こえた。澄んだ声が風に乗り、森の奥まで響く。モーラが顔を上げ、微笑んだ。
「カーラだわ。帰ってきたのね」
扉が開き、赤毛の少女が立っていた。旅の埃をまといながらも、その瞳は明るく輝いている。
「ただいま、モーラ姉さん。町の仕事、やっと終わったわ。」
「おかえり、カーラ。」
カーラは荷を下ろし、ユニとアルベリオを見て目を丸くした。
「まあ……お客さん? 珍しい顔ね。…なんて美しいの!」
モーラは嬉しそうに頷いた。
「こちらはアルベリオ。こちらはユニコーンのユニ。追われていたから助けてあげたの」
カーラは驚きと興味の入り混じった表情でユニを見つめた。
「ユニコーン……本当に? 森の伝承の中の存在じゃなかったの?」
ユニは少し照れたように角を光らせた。
「本当だよ。モーラがいなかったら、もう立てなかった」
カーラは笑い、モーラの肩に手を置いた。
「やっぱり姉さんね。困ってる子を見つけたら放っておけないんだから」
そして、軽く髪をかき上げながら二人に向き直った。
「私はカーラ。モーラの双子の妹で、町では歌の仕事をしてるの。いつか有名な歌手になって、世界中の人に歌を届けるのが夢なの」
ユニが目を輝かせた。  
「歌手? さっきの歌、すごくきれいだった!」
カーラは頬を染めて笑った。
「ありがとう。森に帰ると、つい歌いたくなるの。風が音を運んでくれるから」
その夜、四人は焚き火を囲んだ。カーラは町での出来事を語り、モーラは薬草の新しい調合を見せた。ユニは歌に合わせて角を光らせ、アルベリオは静かにその光景を見つめていた。
  こうして、森の子、白き角の子、そして赤毛の双子の姉妹が、ひとつ屋根の下で初めて夜を共にした。 風は優しく吹き、遠くで滝の音が響いていた。

アルベリオの物語

この物語も、AIにキャラクターの設定をまとめてもらったり、バラバラに思いついていた場面の効果的な構成のヒントを考えてもらったりしました。記憶の整理整頓や、記憶を保存する能力は、人間より機械のほうが得意ですので、そこは使うことにしました。 とはいえ、キャラクターや物語じたいはもちろん、すべて私のオリジナルです。お楽しみ頂けたら幸いです。今後もお楽しみに。

アルベリオの物語

アルベリオとユニコーンの絆の物語。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 冒険
  • アクション
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2025-10-30

Copyrighted
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  1. 第1章 森の子
  2. 第2章 風の道