還暦夫婦のバイクライフ 49
紀伊半島の旅 2日目
ジニーは夫、リンは妻の、共に還暦を過ぎた夫婦である。
朝6時半、ジニーは目が覚めた。ベッドから起きだして、窓のカーテンを少しめくり、外の様子を見る。雲は厚いが雨は降っていない。
「お早うジニー、どう?」
「雨は降っていないよ。午後は分からんけど」
「雨雲レーダーだと、昼過ぎか、夕方が怪しいね。何とか降る前に、宿に入れるかな」
「まあ、今日は距離走らんし、早めに次の宿に行ってもいいね」
ジニーとリンは、のんびりと着替える。朝食の時間になったので、一階のレストランに向かう。セルフでご飯や飲み物を取り、メインを別に受け取る。
「なるほど、全部ビュッフェじゃなくて、メインは一人一皿用意するのか。フードロスも少なくて、経費も抑えられるな。少々残念なのは、メインが鶏というところかな」
「ジニー鶏苦手だもんね」
「ちゃんと残さず食べますよ」
ジニーとリンは、ホテルの朝食をゆっくりと味わう。今日の予定は、お伊勢参りだけだ。しかしあまりのんびりしていると雨に降られそうなので、朝食を終えるとすぐに部屋に戻り、出発の準備を整えた。フロントに鍵を返し、バイクまで行ってバッグを取り付ける。それから駐輪場からバイクを引っ張り出してエンジンをかける。
「リンさん、行きますよ」
「オッケー」
8時丁度、二人は出発した。
「ジニーどう走るん?」
「このホテル出た所の道を、南に向かって走るよ」
「あーこれね。わかった」
リンが起動したナビを確認している。
日曜の朝の道は空いていて、走りやすい。流れも速く、詰まることも無かった。
「ジニーこの先でR23に合流するよ」
「了解」
市街地をまっすぐ抜けた道は、R23と交差している。その先も真っすぐと伸びているが、二人はR23へと左折する。海が近いのか、心なしか潮の香りがする。田んぼと商用施設が入り混じる道をひたすら走ると、立体交差する道が見えてきた。
「ジニーナビ様が、左の導入路に入れって」
「御意、ナビ様の仰せのままに」
ジニーは左の導入路に入る。リンも後に続く。どうやら市街地を迂回するバイパスらしい。導入路から本線に合流する。
「ジニーこの先川渡ったらすぐに左に降りろって」
「左ね、オッケー」
二人は減速して左に降りる。走って来た道の下をくぐり、Uターンするようにして別の道に出る。
「少し道なりに走って、広い道を左折」
「左折、オーケイ」
ナビ通りに左折する。伊勢神宮外宮は右側にあるようで、交差点の度に右に案内する標識があった。
「リンさん、次の交差点を右に行くよ」
「どうぞ」
ジニーは次の交差点を右折して、県道22号に入った。いくらも走らずに外宮の駐車場に行きつく。警備員さんに案内されて、入り口横の木陰のスペースにバイクを止めた。
「着いた。何時だ?」
「8時50分。予定通りだね」
「雨降りそうだ。念のためにバッグに防水カバーつけて置こう」
二人はジャケットを脱いでバッグの上に置き、その上から防水カバーをかぶせた。身軽になり、歩き始める。
「おおー、何とも雰囲気のある所だなあ」
でかい木々のうっそうと茂る中を、広い参道が続く。
「思ったより人が少ない?」
「伊勢神宮は内宮が有名だからね」
「ふ~ん」
少ないといってもかなりの人混みなのだが、境内が広くてあちらこちらに散らばっているので混雑という感じがしない。参道をずっと歩き、まずは正宮に向かう。正面でお参りをして、次に別宮に向かう。石段を登って多賀宮へ、降りて土宮と風宮へ参拝する。
「伊勢神宮って、すべてのお社を遷宮の度に建て替えるんだね。小さな祠まで」
「そうみたいね」
参道をゆっくりと戻りながら、ジニーはきょろきょろする。
「木がでかい。建て替えに使うんだろうか」
「どうかな。切り株とか見えないから、使わないんじゃない?」
ふ~んと言いながら、木々のトンネルを通って駐車場に戻る。
「次は内宮だ」
二人はバイクの準備を整えて、出発する。駐車場から県道32号に出て、道なりに走ってゆく。かなり混雑していて、のろのろ走る車列の一部となって進む。途中R23へと右折する。
「リンさん近いと思うんだけど、どこに行けばバイク止めれるか分からないや」
「ナビ様もそれは分からないみたいね」
「あ、あそこ警備員さんがいるから、聞いてみる」
ジニーは歩道にバイクを止めて、警備員さんの所に聞きに行く。リンはその間、路肩にバイクを止めて待つ。
「わかったリンさん。ここをまっすぐ行くとロータリーみたいになってて、その先にバイク置き場があるんだって」
「そうなんだ。行ってみよう」
ジニーはバイクを押して向きを変え、車道に出る。二人は先へと走ってゆく。道はロータリーのようになっていて、そこの警備員さんが誘導する。指示されたところに駐輪場は有った。バス専用駐車場の隅に、広大なバイク専用駐輪場が用意されている。すでに10台ほどのバイクが止まっていて、そのバイクの列の横に停める。ちょうど大きな木の枝が上にかぶさっていて、雨が降っても少しは凌げそうだ。
「リンさん、いいね。バイク専用のスペースをちゃんと用意してある。観光地なのに、スペースが無かったり狭かったりするところが多いのにね」
「うん。欲を言えば、屋根が欲しいな」
リンは空を見上げた。
「雨の用意がいるなあ」
ジニーはサイドバッグから傘を2本取り出して、ナップサックに入れる。ジャケットを脱いで身軽になり、手袋はバッグに仕舞う。ジャケットはバッグの上に置き、防水カバーを上からかぶせる。
「ジニー行くよ。今が10時20分だから、お参りしてから昼ごはんだね」
「わかった」
二人は駐輪場から少し歩き、入り口の鳥居をくぐる。木の橋を渡ってもう一つ鳥居をくぐり、いよいよ境内に入る。そこから長い参道を歩く。たくさんの人が歩いているが、ここでも中国からのお客さんが多い。そこかしこから中国語が聞こえてくる。
「ジニーこの先に、川で清める御手洗場があるんよ」
「川で?知らんかった」
大勢の人たちが気ままに歩いてゆく先に、御手洗場があった。緩やかな段が川面に向かって降りてゆく。二人は川辺まで降りて、手を洗う。川を覗くと、魚が泳いでいた。
「何というか、すべてが異世界だな、この神社は」
「規模も大きいし、歴史もあるからね」
ふたたび参道を歩き、一番奥にある皇大神宮へたどりついた。列に並んで参拝の順番を待つ。
「初詣の時みたいだ」
順番が来て、お参りをする。参拝を済ませて、横にずれる。
「外宮もそうだけど、式年遷宮は当然ここもだな。横に次に建てるための更地がある。一体全部でいくつ建て替えるんだろう。日本中の宮大工さん総がかりじゃないか?」
「ジニーそれは大げさだって。でも20年毎って、馬力あるよね」
ジニーは小さな祠の横にも更地が用意されているのを見つけて、感心する。
「ジニー御朱印もらいに行く」
二人は参道を戻り、御神札授与所に立ち寄り、御朱印とお守りを手に入れた。そこから入り口の宇治橋へと歩いてゆく。橋で写真を撮り、神社を後にした。
昼ご飯を探して、二人はおかげ横丁へと入ってゆく。大変な人ごみで、真っすぐに歩けない。道沿いのお店はどこも満席で、並んで待つような気力もない二人は、だらだらと先に進む。路地に入った所で空いているご飯屋さんを見つける。
「ジニーここに入ろう。比較的空いてる」
「うん」
店に入ると、中は結構広い。店員さんに案内されて、空いている席に座る。しばらくメニューを眺めてからジニーはざるそば定食、リンは冷やし肉うどん定食、それと炙りさんま寿司を注文した。
「ジニーそんなに食べれる?」
「大丈夫」
オーダーしてから少しして、炙りさんま寿司がやって来た。ジニーは早速一つ取り、食べる。
「ん、旨い」
リンも一つつまむ。
「お待たせしました」
二つの定食がやって来た。それぞれ手捏ね寿司が付いている。
「あ~これは、多かったかな?」
「ほら、さんまが余分でしょ?」
「でも食べる」
ジニーは手捏ね寿司を食べ、ざるそばを食べ、さんま寿司を食べる。
「ん~喰った」
ジニーは満腹になり、思わずおなかをさする。
「こんなに食べたの久しぶりだ」
「絶対食べ過ぎだって」
リンは冷やし肉うどん定食の手捏ね寿司に苦戦している。見た目より量が多いのだ。
「ジニーまだいけるでしょ?」
「えええ?ええよ」
ジニーはリンの手捏ね寿司を平らげた。
しばらく落ち着くのを待ってから、二人は店を出た。そこから路地裏を歩き回って、いろいろなお店を覗く。横丁の端まで歩き、メインストリートを戻って来る。
「リンさん、赤福本店に行きたいな」
「この先にあるよ。ほら、あそこ」
リンの指さす先に、赤福本店があった。店先に行列ができている。二人は列の最後尾に並ぶ。列はどんどん進み、先頭に立ってみると店内飲食の列だった。
「ジニー二人前よろしく」
「え?満腹の上に二人前?」
ジニーは一人前をシェアするつもりだったが、二人前チケットを購入した。
「奥でお待ちください」
奥に飲食コーナーがあるようだ。
「ジニーほら、大釜に炊き上がったあんこを赤福にしてる」
リンに言われてみると、大釜の周りに女の子が四人とりついて、赤福を手作りしていた。店内用のものを作っているのだ。
「これはおいしそうだ」
ジニーは顔が緩む。奥は座敷になっていて、大勢の人が思い思いに座って赤福を食べている。二人は縁側にスペースを見つけて腰を下ろす。やがて番号を呼ばれて手を上げると、店員さんができたての赤福と暖かいお茶を持ってきた。
「ごゆっくり」
盆ごと受け取り、早速いただく。
「んまい!これはうまいなあ」
ジニーが予想の上を行くうまさに喜ぶ。
「お土産で買ったものより全然おいしいね」
リンも驚く。さっき腹いっぱいになったのに、一人前の赤福が暖かいお茶と共に、おなかに収まった。食べ終わった二人は後の人に席を譲る。裏から外に出た二人は、今度はお土産用の列に並んだ。赤福は賞味期限が当日含め2日しかないので、どこかにお土産で持っては行けない。でも自宅用なら問題ない。赤福と白黒餅を一つずつ買う。買った赤福を袋に収めて、さらにブラブラと歩く。常夜灯の所に大きな招き猫が置いてある。丁度来る福招き猫祭りに行き当たったのだ。9月29日は招き猫の日らしい。来る福が数字のごろ合わせになっている。巨大猫の横を通り、何件も店を覗いて回り、お土産を買ってゆく。
「あ、リンさん。ついに雨が降り出した」
「本当やね。少し雨宿りしていこう」
おみやげやさんでしばらく雨宿りしたが、一向に止む気配がない。
「これはだめだな」
ジニーはナップサックから傘を二本取り出した。一つをリンに渡す。しとしとと降り止まない雨の中、傘をさしてバイクに戻った。大きな木陰のおかげで、バイクはあまり濡れていなかった。ジニーはサイドバッグからカッパを出す。手袋も雨用のものと交換する。カッパを着込み、お土産をバッグに詰めて、準備を整えた。
「リンさん、宿に向かうよ」
「わかった。ちょっと待って。ナビ様を召喚して・・と。ジニーここから40分だって」
「意外と近いな。じゃあ、出ますよ」
二人は駐輪場を出発した。
濡れた路面に気を付けながら、R23から県道32号に右折する。山を越え、ダムサイトを走る。道は下りになり、R167と交差する。そこを右折して道なりに走る。
「雨やんだな。この先に道の駅あるからちょっと寄ろう」
「寄るの?このまま走ってもいいんじゃない?」
「トイレ行きたい」
「はいはい」
二人は道の駅伊勢志摩に寄る。トイレを済ませ、カッパの上着だけ脱ぐ。ジャケットの下のTシャツは汗でぐっしょりだった。
「ジニー走ればすぐ乾くよ。次の雨雲が来る前に宿に行こう。あと20分だし」
「わかった」
道の駅を出発してR167に戻る。
「ジニーその先右折」
交叉点を右折してさらに進む。
「その先を、えーと、斜め右に行けって」
「斜め右ね。こっちか」
2人は県道17号に入る。そのまま道なりに走ると、近鉄賢島駅が見えてきた。
「ジニーそこ!そこ右」
「はい」
ジニーは踏切を渡り、駅舎の横を抜ける。そこで宿の案内板を見つけ、それに従って走り、最後に丘を駆け上がって到着した。
「着いた~けど、どこに置けばいいんだ?」
「ジニー、どうしようか」
「リンさん、そのままそこに止めて。あとで動かすから。フロント行って聞いてくるよ」
「わかった」
ジニーはバイクを隅に止めて、歩いてフロントに向かう。宿からも人が出てきてお出迎えしてくれる。
「予約していたジニーです」
「いらっしゃいませ。バイクはあちらに止めてください」
そこは、大きな桜の木の下のスペースだった。枝が茂っていて雨も凌げそうだ。
「わかりました」
ジニーはリンの所に戻る。
「リンさんバイク移動するから、リンさんは歩いてきて」
「よろしく~」
ジニーはリンのバイクにまたがり、少しバックしてから駐車場をぐるっと回って木の下のスペースにバイクを持って行った。出やすいようにバックして止める。それから自分のバイクも同じように止める。荷ほどきをして、すべてのバッグを持って宿のフロントに向かう。
「ようこそいらっしゃいませ。雨で大変でしたね」
「よろしくお願いいたします」
「荷物はお部屋まで運びます。こちらにどうぞ」
言われるままに、バッグを台車に載せる。受付を済ませて部屋のカギを受け取り、案内されてエレベーターに乗る。部屋に着いて一通り説明を話してから仲居さんは退席した。
「あーくたびれた」
上着やライダーパンツを脱いで、身軽な格好に着替える。
「何時?16時か。お風呂入れるな。リンさん、大浴場行ってくる」
「私も行くよ。用意するから待って」
二人は着替えやタオルを持って、風呂に向かった。夕食までは時間があるので、ジニーはゆっくり湯につかる。
夕食は部屋でいただく。お品書きを見ると、前菜からデザートまで十種類の料理が出てくるようになっている。次々に並ぶ料理は、食べ切れるか不安になる量だった。追加で地ビールを二本注文する。
「乾杯」
「お疲れ」
二人はビールのグラスを合わせて飲む。
「む、これはうまい」
「うまいね。帰ったらネットで注文するかな」
うまいビールを飲み、料理を完食する。食事が済んで仲居さんが片付ける。布団も敷いて、退いていく。ジニーはすっかり暗くなった外の景色を眺めながらお茶を飲んだ。
「明日は距離走るから、もう寝るよ」
ジニーはスマホを操作しているリンに言って、布団にもぐりこんだ。
「明日は晴れるといいな」
「ジニーたぶん大丈夫。ここから南は降らないみたい。北側は大雨っぽいけどね」
スマホで天気を確認していたリンが答える。
雨は嫌だなあとつぶやいて、ジニーは眠りについた。
還暦夫婦のバイクライフ 49