詩
病弱になって
身体を壊してからだめだ
どんどん怠惰な感情が噴出してくる
健康だったころはいつも気が張っていたのに
強い思考ができなくなった
色んなものを並置させて耐え抜くことはもうできない
最近は考えた先から抜けていく
頭に負荷をかけると耳鳴りがひどくなりそう
それでも健康だったころは覚えている
心も身体も深く記憶している
だから欲望は残ったままだ
情念を燃やし続けようとする
感覚系と内臓系と生殖系がある
動物としての身体と植物としての身体
いがみ合い絡み合い症状が顕在化する
思考はどうすればいいのだろう
思考なんて結局肉体の奴隷でしかないのか
森の中で
理屈で考えると分かれてしまう
はてしなく細分化していく
統合を夢見て考え抜くか
考えるのをやめてみるか
考えても何も変わらないのなら
考えない方がよかったのか
原初のどうしようもない分裂がある
この分裂を癒そうとして詩を求める
詩に何かあるのかもしれない
まだ自分の知らない救いがあるかもしれない
社会に適応するためには分裂しなければいけない
不能にならなければいけない
まあでも今は考えなくてもいいよ
今は切り株に座ってゆっくりすればいい
森の奥では人の思考も薄められそうだ
鋭利と鈍重
鋭利に考えるのではなく
鈍重に考えよう
いろんなものを受け入れてゆっくりと進んでいく
表層では鋭利に見せながら
裏の方では鈍重さも飼いならせておく
しかしこんなことは誰もがやっていることだ
心身の構造はおそらくそんな感じだろう
心と身体の奥では宇宙とつながっている
なんて陳腐な言い回しだけれど
やっぱりそういう夢は捨てがたい
言語的思考で押し通すことは自分にはできない
前衛小説
Aさんは生まれた
Aさんは生きた
Aさんは死んだ
墓地にて
死ぬのは怖いのだが
死の実態は誰も知らない
知らないものをみんなで怖がっている
なにかがおかしいのだが
なにがおかしいのかよくわからない
もう二度とこの世界には戻ってこれない
一度きりの意識の物語
時間は直線状にのびていく
生は自分では選べないが
死は自分で選ぶこともできる
自死をするのは人間だけらしい
生の始まりは曖昧ではっきりしないが
生の終わりはわりと明確な場合もある
知らない間に始まっているが
知らない間に終わるとは限らない
笑顔
目の奥が嘘をついている
笑みを浮かべているが笑っていない
そういう笑顔に出くわすときがある
笑顔自体が苦手なのかもしれない
無理に笑う必要なんてないのに
社会は笑うことを強要してくる
笑顔を作るのは疲れる
笑うことにあまり価値を見いだせない
笑顔はたいてい怖いものだ
笑顔を向けられると構えてしまう
怒ったときにどういう顔をするのか知りたくなる
若さ
儚げで傷つきやすくて
壊れそうになりながら突進していった
苦しむのを楽しんでいるところがあった
うぬぼれが天まで届きそうだった
稚拙な感傷に浸っていた若気の至り
最も老いを感じた時期でもある
くだらないし価値もなかったかもしれない
それでも少しでもわかりあいたかった
精力も体力もありあまって
思考を突き破ろうとしたあのころ
閉塞感と解放感に同時に覆われていた
世界のすべてを感受したいと思っていた
自分なら包括できると思っていた
すべては砕けて流れていった
わかりあえなさに強い痛みを感じるには
ある程度若くないといけないらしい
痛み
身体が弱ると集中できない
思考が散漫になる
何をやっても念力が足りない
長時間肉体から意識を浮遊させることができない
意識は肉体のそばにあって安定している
病んでしまうと心身は冒険できない
だから思考も続かない
抜け殻のように考える
そんな状態でも情念はまだくすぶっている
情念はまだ存在を主張してくる
過去の痛みをまだ見せようとしてくる
情念が遠い過去と今をつないでくれる
あの頃と今の自分が同じ人間だとは思えないが
思い出したくない経験の数々が私を正気にさせる
壊れる
十年ほど苦心して築き上げてきたものなんて
たった一言で壊されてしまう
壊れるのは一瞬だ
血と汗を流して必死に作ってきた
誰にも知られずに無理をして励んできた
そんなものすぐに壊されてしまう
言葉の破壊力を目の当たりにした
だが被害者ではなく加害者であったことも多々あるだろう
そっちの方は都合よく忘れているだけだろう
自分の加害の方には目を向けようとしないのか
言葉というものはおそろしい
どうしてあんなものを人間が扱えるのだろう
壊された方ばかり見ようとしている
それは自分が卑怯だからだ
壊してきた事実と向き合う勇気がないからだ
いない方がいい
いない方がいいのだろう
ここにいてはいけなかったのだろう
だから無理をしてがんばる
自分は邪魔ものだ
自分はのけものだ
被害者意識は加害者意識も生み出す
心がささくれた状態で無理に取り組む
終わりがない
こんな状態でいい結果は出ない
ずっとこんな感じで生きてきて
もういい加減しんどいのだけれど
他に生き方がわからない
苦痛と言葉
苦しみを伝えるためには表現力を磨かないといけない
しかし言葉というものは共通理解の範疇に押し込めてしまう
言葉で表した時点で原初の苦痛が歪められている
苦痛はまだ心身の中をめぐっている
だが私は言葉しか知らない
それでも言葉を駆使して苦痛をありのままに表現しようとする
言葉として出てきた苦痛は何か別物
苦痛はずっと私の中で嘲笑っている
言葉にしてしまうと他人と共有できる世界に仲間入りしてしまう
他人と共有できないから苦しくて痛いのに
何かがおかしい
嘘と本物
心にもないことを適当に言っているだけ
舌の根も乾かぬうちに云々
私より軽薄な人間もいないだろう
みんな嘘ばっかり言っているのだから
私も嘘つきでいいはずだ
あれも嘘これも嘘と考えていく
やっぱり数学と科学が立ちはだかる
そこもなんとか突破して自分も言葉も嘘にしていく
軽薄さを押し通してすべて嘘ということにする
軽薄さの果てに信仰が現れることを少し期待している
しかしそんなものはないかもしれない
軽薄を貫いて最後は惨めに死んでいく
それでも死も嘘なのでしょう
馬鹿げたことに精を出すくらいなら
すべて本物と思っておいた方がよかったのではないですか
ずれている
いつも人をいらいらさせてしまう
いつも間が悪い
言わなくてもいいことを言ってしまう
よけいな一言を言ってしまう
言ってしまいたいという願望があるのかもしれない
壊してしまいたいという願望があるのかもしれない
無理をしてもどこかでボロが出る
社会というものがわからない
無理をしようとする自分ともうやめようとする自分
ずっとその葛藤をしているだけなのかもしれない
間の悪さは天性のものなのだろう
きまりが悪くていつでもずれている
いちいちテンポがずれている
いじめ
やっぱりしんどいというのはある
どこにいてもしんどい
何をやってもしんどい
思春期あたりからずっとつきまとう
よくわからない焦燥と倦怠
本当は何もしたくない
少しだけがんばってもすごくしんどい
ずっとそうだったのに逆になる
内面の脆弱さを許さないようにしてきた
怠惰さも臆病さも叩きのめしてきた
自分の精神世界内で壮絶ないじめが行われていた
毎日集団リンチだった
徹底的にぶちのめしてきた
息の根を止めたと思ったのに
原初の怠惰さと脆弱さはまだしぶとく生きている
虚無信仰
虚無も一つの信仰
神から無に変わっただけなのか
死ねば無になると言っているだけなのか
よく考えずに無を信仰しているだけなのか
でも死んだら何もないはずだ
少なくとも私はそう信じている
現代人の最後の牙城
無を信じていれば救われる
自分がいなくても世界が続いていくことへの恐怖
自分はいなくてもいいというこの世界
文明は進歩しすぎてしまった
詩