すべて名づけられなかった記憶
ボタンが押された
ひとびとの意に反して
ボタンはもとにもどらなかった
押されたまま
ボタンはボタンを演じつづけた
青空のかたすみから
こどもの泣き声が聴こえる
エンジン音に
こどもの泣き声はかきけされる
心臓はほとんど砂でできていて
波にのまれて削られる
やがてなにも残らない
なにも
すりつぶされた貝殻を
むらさきの汁あふれでて
夕焼の色を新しくしてしまう
もう戻って来ない日々を
化石の鳥はさえずるよ
戸は鎖されて
返事はない
鉄橋に眠り冬をやりすごす
目はなくても泣けるのだ
ボタンの感触だけが
まだ指に ある
原動機付自転車車輪が
蝶の翅を巻きこんで
青空のほころび
もうなにも哀しいことは起こらない
なにも
すべて名づけられなかった記憶