
君影草と魔法の365日-第6話
温室の住人
ポカポカ良く晴れた日曜日。
温室の奥からはちょっと変わった鼻歌が聞こえてきます。
皇子の石像を布巾で磨きながら、ご機嫌にこぶしをきかせているのは妖精のリリー。
異世界から迷い込んだ2人は結局帰る事が出来なかったんです。
でも彼女は落ち込むそぶりも見せず、どこで覚えたのか演歌を鼻歌にして、毎日皇子をピカピカに磨いていました。
「とりあえず言霊石は直ったし、ココなら雨風も防げる。ラッキーじゃん」
行くあての無い2人は温室の一角を間借りする事にしたんです。
「ねぇねぇ、紅茶淹れたよ」
「早くおいでよ」
ランカとすずのお誘いに応じて温室の中央へ。
ガーデンテーブルには紅茶が準備されていて、ティーカップとケーキが2セット。
おや?
よく見ると玩具の様に小さなティーカップもあります。
それはランカが趣味で集めてるミニチュアの食器でした。
リリーはソーサーを差し出してケーキのおねだり。
きっとすずとランカの一口分でお腹いっぱいになってしまいますね。
「ここなら食べるにも寝るにも困らないし、魔法で栄える国なら皇子を元に戻す方法も見つかるかも知んないだろ?」
過ぎた事を悩んでも仕方ありません。
その言葉は次へのステップを踏み出す強さを感じさせます。
「石化した皇子様はお腹空かないのかしら?」
「ねぇねぇ、おむすびとかおはぎでも供えてみる?」
「いや、ランカ…。お地蔵様じゃないから…」
「アンタ達…皇子を馬鹿にしてるだろ?」
3人の笑い声がこだまします。
「ココは気持ちが良いってさ。感謝してるとも言ってたよ」
リリーは皇子の言葉を2人に伝えました。
実は術が完全ではなく、 彼女にしか声が聞こえないんです。
それでも通訳になってもらえばコミュニケー ションもとれるし、すず達に不都合はありませんけどね。
「そうそう。皇子様って名前はなんて言うの?」
「ん? 皇子の名前? 皇子は皇子だよ。 お・う・じ」
「いや…答になってないし…」
ただ皇子に関する話に触れると、リリーは話をはぐらかして教えてくれません。
まぁ仮にも一国の皇子様な訳ですから推して測るべきなのでしょうが。
「それなら愛称を付けるの」
「石の像だから“石ちゃん”なんてどうよ」
「やめろって」
二人はリリーが“違う何か”を隠していると気付いていました。
でも彼女が話したくないならそれでいいと思っています。
それが結果的に騙される形になっても…。
妖精リリーの仕事
言霊石を通じて皇子と話したのは、星読みの塔に侵入した二日後。
すず達と紅茶を楽しむ前日の午前5時の事です。
「無事に始まりと終わりの扉を通過出来た様だね。ご苦労様リリー」
「遅いよ。何やってたんだい」
途端に悪態をつく彼女。
でも内心では安堵の溜め息を洩らしていました。
本当なら直ぐに声が聞けるハズだったのに、50時間以上も待たされたのですから。
「今も僕は籠に閉じ込められている。自由には話せないんだよ」
「皇子を石に変えた魔術師にかい?」
「そう…時間が無いんだ。頼まれてもらうよ」
「任せな。アタイはその為に生まれてきたんだろ?」
「・・・・・・」
彼は何かを言いかけて少し沈黙し、恐らく言葉を変えて話し始めます。
「そこから西に向かうと魔法学校がある。君は時計台の小さな丸い窓を通って中に入り、オルガン奏者に会わなければならない」
「オルガン奏者?」
「パイプオルガンの鍵盤を踏み鳴らせば、会うことが出来るだろう」
「会った後は?」
「君は彼との会話の中で“妖精の役割”の話をしなければならない」
「“鍵”の事をかい?」
彼の声は見た目より幼い感じ。
でも強い意志を秘めた雰囲気で流石は王族です。
「その通り。そこに1つ“約束”がある。誰かに会話を聞かれなくてはならない。しかし話し掛けられてはいけない」
「は? …あぁ、つまり盗み聞きされろって事かい」
「後は頃合いを見て帰ればいいよ」
まるで予定された未来をなぞる指示。
それはリリーの新しい仕事でした。
先ずは無事らしい声を聞いて、いつも通りの指示を受けて。
すっかり安心した彼女は少し気を弛めます。
「分かったよ。ところで…ちょっと会わなかった間に、雰囲気が変わったんじゃないかい?」
それは声を聞いた瞬間の感想。
ちょっとした意地悪も込められています。
しかし、声は彼女の知らない色を帯びて答えました。
「ちょっと? 扉を越えたリリーにしてみれば一瞬だったかもしれないね」
「…皇子?」
彼女は絶句します。
それは知らされていなかった事実。
リリーは皇子から予言を託されていました。
国が滅亡する事も、皇子が“魂”を抜かれて石化する事も、全て事前に分かっていたのです。
彼女の使命は“魂”を迎えに、ちょっと先の未来へ“石化した身体”を連れて来る事。
皇子の石化を解いて民の待つ国へ帰る事。
でも、それは叶わないと分かりました。
「この世界はね、僕が君と別れてから800年も後の世界なんだよ」
オルガン奏者
「やっほ~ぅ!」
リリーは風に身体を任せて思いっきり空を飛ぶのが大好きでした。
実は妖精って重力を中和してフワフワ飛ぶのが普通です。
背中の薄い透明な羽は各々が司るチカラの源を魔力に変換する為のもので、いくら羽ばたいても大した浮力は生まれません。
彼女はその羽を風に乗せて、舞う様に空を滑るのが得意なんです。
こうやってノビノビ気ままに過ごすのは久しぶりでした。
お茶会の後、昼寝を始めたすずとランカはちっとも起きる気配がありません。
だからせっかくの天気なので青い空を満喫していたんです。
そんな彼女の耳に学校のチャイムが聞こえてきました。
箱庭校のチャイムはパイプオルガンが奏でる不思議で歴史を感じる音色です。
「時間だね」
風下は丁度良く学校の方角。
学校の最上階に位置する時計台へ向かいます。
「皇子が言ってたのはアレかい?」
そこに小さな丸い窓を見つけると、ヒラリと身体をかわして風から降りました。
「誰もいないな…」
窓枠に降り立ち人影が無い事を確認。
遠慮なしに部屋へ入っていきます。
時計台の中では歯車が騒がしく音をたてていました。
端にはたくさん積まれた木箱や段ボール。
恐らく教材として使われる魔法陣のカーペット。
何かの薬品が詰められたボトルや樽。
たぶん物置に使われているのでしょう。
そんな雑然とした部屋の奥に古くても立派なオルガンがありました。
ホコリの無い様子から、毎日大事に手入れされている様です。
その背からいくつものパイプが不規則に延びていて、高い天井まで繋がっていました。
さっき聞こえたチャイムはたぶんコレですね。
ベルは恐る恐る鍵盤の1つに立って弾いてみます。
しかしパイプは鳴らずオルガンから普通に音が聞こえるだけ。
「こいつじゃないのか?」
そう理解しかけたその時、不意に声を掛けられました。
「定時以外はパイプに繋がれていないのさ。触っただけでチャイムが鳴ったら困るだろ?」
びっくりして辺りを見回しますが、やはり誰もいません。
「おいおい。俺は目の前にいるだろ」
元気なおじいちゃんって雰囲気のしっかりした声。
リリーは確信します。
「アンタがしゃべったのかい?」
今更この魔法世界で驚きませんが話し掛けてきたのは間違いなくそのパイプオルガンでした。
会話という布石
暇を持て余していたオルガンは、リリーに様々な話を聞かせました。
かつては教会で大勢の子供達に囲まれていた事。
もう500歳以上で正確な歳が分からない事。
滅多に人が遊びに来なくて退屈だったけど、最近は決まった曜日に弾いてくれる人がいる事。
二人はすっかり仲良くなりました。
彼女は自然に“オルガン爺”と呼びました。
それは偶然にも教会で子供達に呼ばれていた愛称と同じだったので、彼はすっかり気持ちを良くしました。
「へぇー。オルガン爺自身がオルガンを演奏してんだね。上手いもんだよ」
「オレはその為に作られたからな」
「アタイの役割は…何の為に生まれてきたか分かるかい?」
妖精は必ず役割を持って生まれて来ます。
“花の妖精”ならその花と共にあって、守り育てて種を運ぶ役割が。
“雪の妖精”なら“冬を告げる精霊”と世界を巡り雪を降らせる役割が。
彼女は誇らしげにポーズを決めます。
「アタイは“鍵の妖精”なのさ」
「鍵?」
彼女が話を続けようとしたその時。
カンと乾いた物音と人の気配がしました。
彼女はドキッとして視線を向けます。
そこにはやたらリアルな人間の骨格標本がフックに吊してありました。
「ただの模型かよ。悪趣味だね」
骨格標本は何故か派手なネクタイを締めてます。
「本人が言うには一番のお気に入りらしいぜ」
「お気に入り?」
「その人は教頭のダグラス先生だ 。オレのルームメートだな」
ダグラス先生は人間の骨格に仮初めの命を宿した魔法生物。
学校で唯一の人間ではない先生で教頭を任されています。
『学校の教諭!?』
彼女に緊張が走りました。
しかしダグラスと紹介された彼は起きる様子もなく動きません。
「教頭はいつもここで寝ているよ。オレの話し相手さ」
教頭先生が犬に骨を持っていかれてバラバラになった事。
それ以来、寝ている間に襲われない様フックにぶら下がってる事。
オルガン爺はまた色々と話してくれました。
彼女は努めて自然に振る舞い、あえて彼と話し続けます。
小一時間経った後。
「もう仕事に戻らなきゃいけない時間だ。また来るよオルガン爺」
「そうか。またな」
リリーは部屋から出て行きました。
「鍵の妖精…ですか」
ダグラス教頭は呟きます。
占星術
星読みの塔にある校長室。
威厳を絵に描いた様な初老の男性が、革張りの大きく立派な椅子に深く腰を預けています。
隣にはダグラス教頭。
水晶玉が置いてある机を挟んで向かいには若い女性が二人、緊張した面持ちで整列していました。
「それでは校長に着任の挨拶を」
促された二人は順に堅苦しい自己紹介を始めます。
彼女達は来期から開講される商業特科の講師を任される教師。
就職氷河期といわれる昨今。
名門と謳われた同校も例外無く就職難に悩まされていました。
計画では調理や服飾など様々な特別授業が行われ、希望する生徒は好きに受ける事が出来る様になります。
「優秀な講師をお迎え出来る事はとても喜ばしいですね」
校長先生はゆっくり席を立つと、二人の前まで近寄りました。
「さて、お二人には知っておいて頂きたい事があります」
その瞳は太陽の様な黄金色と月の様な白銀色のオッドアイ。
つまり左右の目の色が違っています。
「私は王宮占星術師。星の動きから未来を予知する事が出来ます」
彼が未来に起こる災いを感知すれば、それは確実に現実となりました。
予言者と呼ぶに相応しい偉大な魔術師なのです。
でも予知出来たとして、起こる厄災から逃げる事しか出来ないのか?
何も出来ずに手をこまねくだけなのか?
そうではありません。
星の動きを読んで未来を変える力も有るのです。
「仮に私がメリッサ先生へ“今日は本屋で好きな本を探してみて下さい”とお願いしたとします。それは必ず行って下さい」
「はい…?」
メリッサと呼ばれた新任の先生は疑問符。
しかしお願いには理由がありました。
例えば家まで帰る道で本屋に立ち寄るのと、何もせずに直接帰るのとでは帰宅時間が変わります。
当たり前ですがすれ違う人も変わりますし、もしかしたら知り合いに出会うかも知れません。
誰かが彼女に道を譲れば、その人の未来も微妙に確実に変わっていきます。
そんな連鎖が未来を大きく変えたりするのです。
未来に希望の光を灯し、残酷な結末を打ち消す方法を占う術。
これは“星読み”と呼ばれた一子相伝の秘術で、十二使徒の末裔のみが操れる禁呪に等しい力。
国際平和維持機構“黄道十二宮連盟”の常任理事国12国それぞれに1人しか存在しない神官の為せる業でした。
「お二人も“星読みの鍵”となり、生徒と学校の未来を守らなければなりません。それは教師の務めと同じだけ誇り高い仕事だと覚えておいて下さい。期待しておりますぞ」
君影草と魔法の365日-第6話