還暦夫婦のバイクライフ 46
ジニー三段峡が気になって仕方ない
ジニーは夫、リンは妻の、共に還暦を過ぎた夫婦である。
いよいよ強烈な熱波がやって来た。38℃越えの地域があちこちに出現して、うっかり外に出られない。そんな気候だが、ジニーはどこかに行きたいようだ。久しく手に取ることも無かった中国地方の地図を引っ張り出して、熱心に見ている。
「ジニー、海渡るん?」
「うん。この頃四国島内をぐるぐる走るだけで、少し飽きちゃった。たまには広島方面に行ってみたいなって思ってね」
「ふ~ん。交通費まあまあかかるよ?」
「それなんよね。でも、たまには良くない?」
「ええけど、どうせなら泊まる?」
「え?それは考えてなかった」
ジニーはおもむろにスマホを取り出し、広島方面の宿を検索する。
「う~ん、そもそもどこに行くかだよね。山陰まではちょっと、暑いし股関節の調子もよくないし・・・。宮島?錦帯橋?」
「えー、その辺だとわざわざ止まらなくても・・・ねえ」
「だよな。実は今行ってみたいのは、三段峡なんだよね」
「三段峡?なんで?」
「なんだか涼しそうだから」
「はあ。別にいいけど」
「帰りは柳井から船に乗るという手もあるし」
「そうねえ。まあ、泊りはもう少し涼しくなってからかな。じゃあ、それで動きますか」
ということで、7月20日は、三段峡に行くこととなった。
7月20日、朝6時過ぎにジニーは寝床から起きだした。台所に行き、湯を沸かす。食洗器の洗い済の食器を片付け、沸いた湯でコーヒーを淹れる。香りが台所に充満する頃、リンが台所に現れた。
「お早う」
「おはようさん」
「ジニー、洗濯物は?」
「まだ」
「そうなん」
リンは洗面に向かい、洗いあがった洗濯物を洗濯機から引っ張り出し、かごに入れる。それを持ってデッキに移動して、干し始める。ジニーは昨日残った冷ご飯を使って、卵がゆを作る。
「あ~はらへった~」
リンが洗濯物を干し終わって、台所に戻って来た。
「おかゆ作ってみました」
「食べる!」
ジニーは二つのお椀に卵がゆをついで一つをリンに渡す。
「いただきます」
「あっつ!口の中やけどした」
「ジニー何しよん」
リンはアツアツのおかゆを吹き冷ましながらゆっくりと食べる。交互に何度かお代わりして、多めに作ったおかゆをすべて完食した。
「さて、準備するか」
二人はいつもの真夏仕様で身を固め、汗だくになりながらバイクを車庫から引っ張りだす。
「暑い。いつものことながら、この暑さはたまらん」
「早く走りましょう。スタンド寄るよね?」
「寄るよ。では、出ます」
8時10分、二人は家を後にする。
「すずし~。動くと一気に汗が引く」
「そう?涼しいけど、私背中に汗流れてるよ」
車に気を付けながら、裏道を走り、スタンドに寄る。ハイオクを満タンにして、再び走り始める。
「ジニー、どこ走るの?」
「このままR56を北上して、R196に乗って、ひたすら今治向いて走る」
「今治I.C.から乗るの?」
「いや、今治北I.C.から乗るつもり」
「わかった」
二台のバイクはR56からR196へ乗り換え、北条バイパスを北上して浅海、菊間を通過する。大西町で県道15号に乗り換え、波止浜へと向かう。R137との交差点を右折し、少し走った所に今治北I.C.乗り口がある。そこからしまなみ海道へと乗った。
「リンさん、瀬戸田P.Aで止まるよ」
「わかった~」
風切り音で聞き取りにくいインカムで、どうにか会話する。大島、伯方島、大三島と走り抜け、生口島にある瀬戸田P.Aへバイクを乗り入れる。
「到着です」
駐輪場にバイクを止めて、二人はヘルメットを脱ぐ。
「腹減ったなあ。今何時?9時30分か。リンさん、ご飯食べたい。少し早いけど」
「そうねえ、おなか空いた。おかゆは消化いいねえ」
そう言いながら二人は、フードコートに向かう。券売機の前で少し悩んでから、ジニーは伯方の塩エビワンタンメン、リンは尾道ラーメンを選んだ。それから空いている席に座り、少し待つ。やがて出来上がったラーメンを受け取って席に戻り、水や麦茶も取ってきて食べ始める。
「うん。おいしい」
「普通においしい。ジニーそれ少し頂戴」
「どうぞ」
二人は互いの器を交換する。
「うん、普通においしい」
「ワンタンもおいしいよ」
そう言いながらお互いシェアして、完食した。
「さあ、行きますか」
「ジニーここからは?」
「しまなみからR2経由で山陽道に乗って、広島JCTで広島自動車道に乗り換えて、広島北JCTで中国道に乗り換えて、戸河内I.C.で降りて15分ほど走ったら到着だな」
「時間は?」
「ん~、2時間くらい」
「今が10時30分だから、12時30分には到着するね。帰りの船が17時50分だっけ」
「うん」
「予約しなくても大丈夫?バイク10台しか乗せてくれないんでしょ?」
「うん。でもまあ、まだ時間が読めないし、三段峡に着いてから予約したんでも大丈夫だろう」
「そうねえ。もしとれなかっても、走って帰ればいいし」
「しんどいけどね」
いずれにせよ先を急ごうということになり、二人は準備を整えて瀬戸田P.Aを出発した。
車列はスムーズに流れ、その一部となって尾道へと走ってゆく。やがてしまなみ海道は終わり、R2へ降りる。岡山方面に少し走り、福山西I.C.から山陽道に乗る。広島方面に向かって走っていると、リンの眠い病が始まった。
「ジニー眠いよ~」
「え!どこかで停まろうか」
「そうして~」
ジニーは道路標識に注意を向ける。
「リンさん。小谷S.Aに寄ります。この先10㎞くらいだ」
「わかった~」
ジニーはリンの様子を確認しながら走る。
「そう言えばリンさん、あの件だけど」
ジニーは思いつく限りの話をリンに振る。リンが眠らないように、たわいもない話を振り続けた。
長い10㎞を走り切り、小谷S.Aに止まる。駐輪場にバイクを止め、ヘルメットを脱ぐ。売店に向かい、眠気覚ましになりそうなものを探す。ジニーが掲示板を何気なく見ると、広島道工事渋滞の案内を見つけた。
「ん?片側車線規制で渋滞約30分か。まあしょうがないな」
「問題ないでしょう」
ジニーもリンも、それ以上気にしなかった。売店でパワードリンクを手に入れ、二人で分けて飲む。ジニーが時計を見ると、12時だった。
「リンさん。思ったより遅いや。このペースだと、到着が13時くらいになりそうだ」
「そうなん?じゃあ、早く動きましょう」
パワードリンクの空き缶をゴミ箱に放り込み、バイクに戻って準備をする。12時10分小谷S.Aを出発して戸河内I.C.を目指す。少し走った所で、ジニーが電光掲示板に不穏な文言を見つけた。
「リンさん、ちょっと次のP.Aで止まります」
「どしたん?」
「掲示板に通行止めの案内が出てた。ただ区間が見えなかった」
「私気付かなかった」
「また有るかなあ」
ジニーは少しペースを落とす。それからしばらくして、再び掲示板が見えてきた。
「あ!リンさん。中国道千代田~戸河内間通行止めになっとる」
「ええ、それは困ったなあ」
二人は見えてきた奥谷P.Aに立ち寄った。駐輪場にバイクを止めて、交通情報案内を探す。
「あらー。緊急工事のため通行止めだって。どうするかな」
「どうする?」
「んんー、何時?12時30分か。どこか別の所に行く?」
「別の所?」
「例えば、錦帯橋とか、宮島とか、呉冷麺とか・・・」
「ジニーそれはイマイチだね」
「だよなあ。三段峡行くって決めたんだから、行こう。でもどこで降りればいいんだ?」
ジニーは地図アプリを呼び出す。リンも自分のスマホで確認する。
「広島JCTで広島道に乗って、広島北I.C.で降りればいいのか。そこからR191に入って加計でR186に乗り換えてあとは一本道だな。あ、ここって、一度行ってみたいタイ焼きやさんがある所だ。」
「ふ~ん。寄る?」
「いや、多分時間がない。今回はスルーだな。次があるか知らんけど」
「わかった。じゃあ急ぎましょう。早くいかないと三段峡にも入れなくなるかも」
二人は方針が決まってすぐに動き始まる。バイクに戻り、準備を済ませて発進した。いろいろ迷ったせいで、すでに13時になっていた。
「出ますよ」
「どうぞー」
ジニーは走り始める。その後ろをリンが付いてゆく。少し早いペースで走り、広島JCTから広島道に入る。工事渋滞は解除されていて、広島北I.C.まですんなり走れた。そこで高速をおりて、R191に乗り換える。ゆっくりの車列の後ろに付き、太田川沿いの道をのんびりと走る。
「あ、リンさん。こんなところに山陽道こちらの標識がある」
「ほんとだ。どこに出るんだろう」
「家に帰ったら、ゆっくりと地図を見てみよう」
のんびりと走る内に加計の交差点に出る。そこをぐるっと回りこんでR191の下をくぐり、R186に乗る。そこから道なりに走ってゆくと、戸河内に到着した。I.C.の入り口は、やはり閉鎖されている。
「リンさん、道の駅で休憩しよう」
「賛成!」
二人は道の駅来夢とごうちへバイクを乗り入れた。隅の方にスペースを見つけて、バイクを止める。
「戸河内久しぶりだ。何年振り?」
「たぶん、18年ぶりじゃない?最後にスキー行ったのが恐羅漢で、確か私が43歳の時だったと思う」
「そう言えば、このあたりの景色って、雪に埋もれている記憶しかないや。夏には来たこと無かったねえ」
「そんな事よりジニー、お昼ご飯にしない?とにかくおなか空いたよ」
「そうだな。そうしよう」
二人は二階にあるレストランを覗く。
「いらっしゃいませ、どうぞ2名様」
店員さんに案内されて、窓際の席に着く。
「何にすっかなー」
二人はメニューをしばらく見てから、ジニーはカツ丼、リンは鶏唐丼を注文した。
「リンさん、フェリーの予約をしよう。この時間だと、最終便の20時25分だな」
「そうね。もう14時過ぎてるもんね」
ジニーはスマホを取り、防予汽船に連絡した。しばらくやり取りしてスマホを置く。
「よし。予約取れたよ。20分前には来てくださいって」
「帰りはらくちんだね」
「お待たせしました」
丁度丼がやって来た。手を合わせてから箸を取り、黙々と食べ始める。
「リンさん、鶏の唐揚げ好きだねえ」
「私は豚より鶏が好きだな。あまりとんかつ言わないでしょ?」
「確かに」
ジニーはカツ丼をあっという間に平らげて、お茶を汲みに行く。
「はいお茶」
「ありがとう」
二人は冷たい麦茶を飲んで、一息つく。
「さてリンさん、急ごう」
ジニーは会計を済ませる。それからバイクに戻り、出発準備を整える。
「行きまっせ」
「どうぞ」
道の駅を出発して、R191へ戻る。ジニーはすぐ先にスタンドを見つけて、給油に入る。ハイオク満タンにして、一安心する。
「これでガス欠の心配は無くなった。高速で入れると、バカ高いからな。入れれるうちに入れないとね」
「四国の山の中みたいなことはないでしょう」
「四国はねえ。休日だと、入れれるときに入れろが鉄則だからなあ」
給油を終えて、再び走り出す。道なりに15分ほど走り、三叉路を看板に従って左折する。そこから少し走ると、三段峡入り口に到着した。
「着いた」
駐車場の片隅にバイクを止めて、ヘルメットを脱ぐ。
「リンさん、何時?」
「えーと、15時丁度だよ」
「遅くなったなあ」
二人はジャケットを脱いで、バイクの上にかぶせる。
「ジニー17時には動きたいから、1時間歩いたところで引き返すよ」
「わかった」
身軽になった二人は帽子をかぶり、遊歩道を歩き始める。
「リンさん、僕のイメージだと、もっと寂れた観光地かと思ってたのに、いっぱい人がいるねえ」
「寂れていないということだね」
「あ、注意書きがある。17時までには渓谷から出てくださいだって。照明も何もないから危険ですってさ」
「そうでしょうね。この辺なんか、手すりも無いよ」
足元はしっかり整備されているので、遊歩道は歩きやすい。
「一番奥に黒淵荘って茶店があるみたい。そこは渡し船で行くみたいね」
「そうなんだ。行けるかな?」
「行けたら行きましょう」
二人は遊歩道を歩いてゆく。リンは普段運動をしているので足取りも軽いが、何もしていないジニーは、バテないようにゆっくりと歩く。川沿いを上がったり下がったりしながら、谷の奥へ進んでゆく。所々見どころがあり、足を止める。40分ほど歩いたところで、渡し舟の発着場が見えてきた。しかし時間外で閉まっている。
「あ~、ジニー残念。この先茶屋まで道はあるけど、引き返す?」
「いや、せっかくだから行ってみよう。まだ時間あるし」
二人はそこからさらに急な歩道を歩いてゆく。しばらく上がってそれから下ってゆくと、つり橋が架かっていて、その先にお茶屋があった。つり橋には若いカップルがいて、男性が橋を揺らしている。女の子が手すりにつかまって笑っている。
「楽しそうだな」
ジニーはそう言いながら、どかどかとつり橋を渡った。後からリンが歩調を取りながらついてゆく。吊り橋はジニーの歩調に合わせてゆっさゆっさと揺れた。手すりにしがみついた女の子の顔が引きつる。橋を渡り終えてから、ジニーはリンにたしなめられる。
「ジニー、遊ばない!」
「うん」
茶屋は時間外で閉店していたが、まだ大勢の人が残っていた。渡しも動いていて、どんどん運んでゆく。
「ジニー、せっかくだから、乗ってゆこう」
二人は列に並んだ。しばらく待って、舟に乗る。そこで二人分600円を払う。舟は黒淵をゆっくりと下り、100mほど下流の船着き場に着いた。
「案外短かいね」
「でも、あの急な上り下りは回避できたよ」
遊歩道に戻った二人は、どんどん谷を下ってゆく。17時前には渓谷入り口まで帰りついた。ベンチに腰を下ろす。
「暑い。何か買ってくる」
「よろしく~」
ジニーは自販機まで行き、麦茶を買ってきた。それを二人で交互に飲む。
「ふう、さすがに疲れた。ジニー足は大丈夫?」
「うん。今日は痛み止め飲んでるから平気」
「明後日くらいにガタがくるよ~」
「かもね」
ベンチでしばらく休憩してから、出発準備をする。17時5分、三段峡を出発して、来た道を戻り始める。
「ジニーどうする?来た道帰る?」
「そうだな。それが一番早いと思う。ワンチャン通行止めが解除してるかもね」
そう言いながら戸河内まで帰って来ると、本当に通行止めが解除になっていた。
「よし!リンさん高速乗りますよ」
「良かったねえ」
戸河内I.C.から中国道に乗り、広島北JCTで広島道に乗り換える。広島JCTで山陽道と合流して、山口方面へ走ってゆく。
「リンさん、宮島S.Aに寄ります」
「どしたん?」
「お土産買って帰る」
「ああ、そうだね」
18時過ぎに宮島S.Aに到着する。そこで30分ほど休憩して、お土産を数点買った。その後柳井港を目指してS.Aを出発する。
「ジニーどこで降りるんだっけ」
「玖珂I.C.で降りる。その後は県道70号を南下するんだったと思う」
「昔スキーに行くのにさんざん通った道だねえ。懐かしいわ」
「久しぶりに行ってみたいね。体力的にすごく不安だけど」
そのおなかじゃあねと、リンが笑う。
宮島S.Aを出発して40分ほどで玖珂I.C.に到着する。そこで高速道を降りて、県道70号を南下する。何度か丘を越えて、柳井市内へと入った。
「ジニー、コンビニ寄って。お弁当買うから」
「え?わかったけど何で?」
「私の記憶が正しければ、柳井港にも船にも売店とかお店とか食堂とか何もなかったはず」
「そうだっけ」
早々に見つけたコンビニに寄り、夕食を調達する。それからフェリー乗場に向かって走る。
「あ、バイパスが出来てる。というか、さっきからフェリー乗り場の案内板無いけど、こっちで合ってるのか?」
バイパスを走りながら、ジニーは不安になる。しばらく走ると、突然右側にフェリー乗場が出現した。
「あった。不安になるから一つぐらい案内板出してほしいよなあ」
「私もそう思う」
乗場では、係の人の誘導に従ってバイクを止めた。時計は19時30分を示している。
「間に合ったな」
「下道走ってたら、間に合わなかったかもね」
「うん」
ターミナルビルに行くと、まだ窓口は閉まっていた。ベンチに座ってしばらく待つ。30分ほどで窓口が開き、乗車券を購入する。
「2台で16,400円か。フェリー高いね」
「ラクだけどねえ」
「金額だけでいえば、高速道かなあ」
走行するうちに、フェリーが入港してきた。二人はバイクに乗り、フェリー内部に進入する。荷物をほどき、客室に上がる。
「リンさん、最終便空いてるね。車が5台に、バイクは僕らの2台だけだ」
「いいんじゃない?ゆっくり足伸ばせるし」
リンは和室フロアで寝っ転がる。買ってきた弁当を食べ、しばらく眠っている間に、船は松山に到着した。車両甲板に降り、荷物を積み直してヘルメットを被る。ゲートを下ろした船から最後に出て、真っ暗な夜道を走り、23時30分家に着いた。バイクを車庫に片付けて、荷物を持って家に入る。
「お疲れ様」
「おつかれ」
「やっぱり船は楽だな」
「楽だけど、お財布はしんどいねえ。たびたびは無理です」
「だよね。本州と陸続きだと良いのに」
「ジニー、たくさんの人がそう思って、橋が架かったんじゃないの?」
「そうだけど・・・」
無料なら、なお良いのにとジニーは思った。
還暦夫婦のバイクライフ 46