草迷宮
パスティーシュだよ、作品名は忘れた。
医者がその日の診察を終え、自宅に戻る。医者は内科の開業医で、自宅と診療所は同じ敷地内にある。
今日も疲れてくたくたの医者は、家に帰ってリビングのソファに横たわる。
医者は映画が好きで、特に洋画が好きだ。逆に嫌いなのはホラーで、正直こんなものより、学生時代に人体の解剖の研修をした時の内臓の方がグロかったわけで、ホラーなんか陳腐すぎて嫌いなのだ。
それに比べ、海外のSF作品は素晴らしいと医者は思っている。発想がもう、格段にホラーなんかと違うし、それを巨額の金を使って映像にするのだからたまらない。
と、いうわけで今日も映画を観よう、とソファに横たわったまま、手が届く距離にあるDVDの棚を物色していると、玄関のベルが鳴った。友人か、とも思ったがそんなわけがないな、と思い直し、ソファから立ち上がり、玄関のドアを開けた。すると、案の定、それは友人でも知人でもない、知らない人間だった。
「先生、先生! 助けて下さい」
やはり、患者か。せっかくのDVDタイムに入ろうと思っていたところなので、医者は若干腹を立てた。
「ここは内科ですよ。怪我なんかなら他を当たって下さい。内科でも、市販薬なんかがいいんじゃないですか? まだドラッグストアは開いてる時間ですし。私は今、忙しいのです」
「息子が……息子が死んでしまったのです」
アレな人だな、と医者はウンザリした。たまに、いや、頻繁にいるのだ、こういう手合いが。
「死んだ人間は生き返りません。あなたは精神科に行った方がいいんじゃありませんか」
「そうじゃないのです! 息子が、帰らぬ人となってしまったのです!」
「言っている意味がわかりませんが」
「息子が、ネットゲームをやっていて、アバターが死んでしまったら動かなくなってしまったのです」
「ゲームの中の話でしょう。それにすぐに生き返るでしょ、ゲームだし」
「それが、迷宮内で死んでしまったのです。そうしたら、キャラも生き返らないし、現実の息子も死んでしまったのです」
「はぁ?」
「駐車場に車が置いてあります。そこに、息子の遺体も入っています」
「ふむ。車まで行きましょう」
こういう精神科の受診が必要な人間と関わるのはよくないが、しかし本当に死んでいて救急車も呼ばず連れてきているなら大問題だ、と医者は考え、その息子とやらを見てみようと思い、医者はその息子の、たぶん父親であろう男について行くことにした。
車の中のその息子は、確かに死んでいた。脈拍もない。心臓が止まっている。心停止しているのだから、まあ、死んでいる。
だが、問題はこの親だ。ゲームで死んでどうたらと言っている。これはちょっと危険だ。陳腐なホラー映画だ。なので、医者はテキトーに話を聞いてあげて、とっととお帰り願おうと思った。
医者が死んだ息子の親の男に話を聞くと、そのゲームは医者も知っているゲームだった。というか、そのゲームは医者もたまにプレイしている。有名なゲームなのだ。
そのネットゲームでは迷宮で死ぬとそのキャラは迷宮に置き去りになり、プレイヤーは他のキャラクターを使って助けて街まで連れて行き、街の教会で生き返らせないとならない。
「なるほど。わかりました。蘇生を試みましょう」
この精神的に錯乱した男を静めるため、と思い、医者は自宅リビングに戻り、PCをつけてゲームをプレイした。男の方は泣きじゃくり、車の中に居残ったままだ。
死んだ息子とやらは、案外迷宮の浅いところで死んでいた。その息子のキャラを助け、街へ連れ帰る。そして、教会で生き返らせた。
このゲーム画面を見せれば、さすがにあのバカ親も、自分の息子がゲームで死んだから死んでいるんじゃなく、現実で死んでいてゲームと関係ないとわかるだろう、と思った。
が、医者が椅子から起き上がるよりも先に、男がダッシュで医者の元まで来た。
「先生! 先生! 息子が生き返りました! ありがとうございました!」
医者は驚いた。男の横に、確かに心停止していたはずの息子が立っているのだ。
息子が、
「ありがとう」
と、医者に頭を下げた。
医者は、まあ、そういうこともあるだろう、と理解した。心停止しても、不意に蘇生するということもままあることなのだ。ホラーだったらアンデッドモンスターのゾンビだが、しかし医学とはそういうもので、ゾンビ伝説というのも、元をたどれば心停止した人間が墓場の中で蘇生してしまって墓から抜け出してきたのがルーツだったりするのだ。
医者は思った。だからホラー映画はSF映画と比べて陳腐なのだ、と。
その一件があってから、そのネットゲーム上で、医者と、蘇生した息子、それから参入してきた父親のキャラは、よく会話をするようになった。アバター同士の交流も悪くないものだ、と医者は思った。
しかし、この親子、いつもネットゲームにログインしている。仕事やガッコウは行っていないのか。疑問を持ちつつ、いつも医者は親子とゲームのアバターで会話し続けた。
ある日、診察を終えた医者が家に戻ってくると、玄関のベルが鳴った。
「はい。どちら様で?」
ドアを開けると、女が立っていた。
「夫と息子が、死んでしまったのです」
医者はなんとなくイヤな予感がした。
「ご遺体は」
「駐車場の車の中です」
「ふむ。行って診てみましょう」
その遺体は、例のいつも会話している親子の現実の姿のものだった。
「ネットゲーム上で死んだら死んだのですね」
「そうなんです。なんでそれを?」
「まあ、いいじゃないですか。それじゃ、彼らを助けましょう」
「お願いします」
医者はリビングのPCでゲームにログインする。女は車のところにいたままだ。きっと悲しみに暮れているのだろう。
ゲームフィールドのマップを広げると、親子はかなり深いところで死んでいる。
が、助けなくては。医者は街から迷宮に潜った。
親子はいつもログインしていて、『廃人』と呼ばれるクラスの、このネットゲームのヘヴィーユーザーだ。道のりは長い。
医者は戦った。キャラはどんどん傷ついていく。薬草で回復しながら、医者は迷宮を突き進む。没頭する医者は、ゲームに脳内がプラグインした状態になり、自分でもそれを知覚するが、おかまいなしに進んでいく。
マップを確認すると、親子はボスキャラのところで尽き果てていた。そこまで来ると、医者もそのボスと戦闘になった。
ボスは強かった。ボロボロに体力を削られ、医者は痛みを、現実感を伴って感じるのだったが、どうにかボスを倒す事に成功した。
宝箱が出てきた。エンカウント率の低い、しかもすごく強いボスから出た宝箱だ。「開けますか?」というメッセージが流れたが、二つ返事でYESと答えた。
医者が宝箱を開ける。すると、毒針が吹き飛んできて、医者のキャラの脳天に直撃した。
「そうだ、このゲーム、盗賊のスキル持ってないと、宝箱のトラップ、中々回避できないんだった……」
医者のキャラは倒れた。
死んだ息子と夫の妻が医者の家のリビングに上がり込むと、医者もすでに死んでいた。
ゲーム内で死に、現実の医者も死んだのだ。
医者の死体を見ながらその女はほくそ笑んだ。
「夫も息子もゲームばっかりで仕事も学業もろくにしない。働いてたのは家で私だけ。死んで当然だったのよ。あのバカ息子を生き返らせたこのクソ医者も同罪よ、死んでざまぁみろっての。ゲーム内で生きるとか死ぬとか現実とゲームが繋がってるとか、SF映画みたいな陳腐なのは私、大嫌いなのよ」
女は医者の死体の顔面に唾を吐く。
「それに比べて、こんなホラー映画みたいな現実ってステキね……うふっ」
了
草迷宮