機動戦士ガンダム 異世界から来た日本兵

この不定期連載同人小説の趣旨は、『Yahooニュースでよく見る軍事力強化推進・核抑止力賛成コメントが掲げる理想・絵空事』と『ガンダムシリーズが視聴者に突き付け続けた現実』との対立です。
本作の主人公兼狂言回しである『千紫進(せんし・すすむ)』は『Yahooニュースでよく見る軍事力強化推進・核抑止力賛成コメントが掲げる理想・絵空事』をイメージして書いた心算なので、『何故こいつ言動にムカついたのか?』を真剣に考えてくれたら幸いです……

pixiv版→https://www.pixiv.net/novel/series/14265374

ハーメルン版→https://syosetu.org/novel/383217/

第1話:異世界から来た日本兵

|千紫進(せんしすすむ)は日本の8月が嫌いだ。
何故か?
それは、同調圧力的に戦争を悪者扱いするからだ。
目まぐるしく変化する世界情勢に目を向けず、迫りくる危機に気付かず、誰もかれもが異口同音、『戦争を辞めろ』『戦争はするな』『核兵器は廃絶するべきだ』と口にする。
挙句の果てには、日本を他国の脅威から護り続けてきた沖縄の在日アメリカ軍基地を邪魔者扱いする体たらく。
だから、千紫進は日本の8月が嫌いだ。
そして、目の前の男は千紫の逆鱗に触れた。
「原爆ドームを保存する為のクラウドファンディングだと!?」
「そ♪日本は世界で唯一の被爆国だからねぇ、だからこそ……核廃絶の旗頭になんないとねぇー♪」
千紫にとってはふざけるなな話だった。
「ふざけてんのか?」
「はぁー?それって、俺みたいなチャラ男が核廃絶に―――」
その途端、千紫は目の前の男の胸倉を掴んだ。
「ふざけるな!今まで誰のおかげで日本が平和だったか判っているのか!?」
千紫のこの剣幕に対し、自他共に認めるチャラ男は、売り言葉に買い言葉と言わんばかりに真顔で答えた。
「千紫……お前は何時まで、アメリカの核の傘の脛をかじる気だ?」
「違う!俺が言っているのは日本も早く非核三原則と言う悪法から脱却し!急ぎ核武装して核抑止力と言う盾を得ないと!いずれ日本は他国に滅ぼされるって言ってんだよ!」
イラついたチャラ男が千紫の胸倉を掴んだ。
「それ……広島や長崎の前で言える?」
千紫は自信満々に答えた。
「言える。国防を他国任せでは無く自らが主体で行うべきだ。だから、日本は憲法第九条や非核三原則などと言った悪法を―――」
「で、武力行使すれば思い通りに出来ると言う風潮を日本が広めるって訳か?」
「何故!?国を護る為の武装強化や核武装をしただけでそうみられる」
「口では平和を訴えておきながら、その裏で軍備拡大してる国、誰が信じる?」
「古いな」
千紫の『古い』発言に、チャラ男は千紫の思考に不安を感じた。
「……古い……?」
「もはや、日本が侵略されても、強力な自衛手段や行動がなければ誰も助けてくれない!竹島、北方領土、尖閣諸島はもちろんの事、うかうかしていると、日本は周辺国によって切り取られて逝く!|戦争(もしも)の為に、軍備拡張!軍事力強化!核武装!と言う保険を―――」

チャラ男は落胆し幻滅した。

千紫は確かに現実的主戦主義者を騙る所が有った。チャラ男もそれを知ってはいた。
だが、日本国憲法第九条や非核三原則をそこまで馬鹿にし忌み嫌い、軍事力や核抑止力の邪で悪しき魅力に取り憑かれ、戦争が生み出してきた惨劇・悲劇をすっかり忘れてるとは、夢にも思わなかった。
チャラ男は自分の認識の甘さを呪った。
「俺も人の事は言えないが……戦地の現実を知らない癖に偉そうな事を言うなぁーーーーー!」
その直後、千紫の頭頂部に落雷が直撃した……

千紫が目を覚ますと、そこは病院のベットだった。
「……ここは……」
千紫はこの病院に入院するまでの記憶を思い出そうとするが……
(俺は確か……非現実的反戦へと堕ちたあいつを説得しようとして……)
結局……
千紫はクラウドファンディングを使って原爆ドームを修復しようとしたチャラ男と取っ組み合いの喧嘩に発展しかけた直後からの記憶を思い出せずにいた。
(何が遭った?……まさか!?)
千紫は変な意味で嫌な予感がしていた。
(俺があいつに負けた……堕落し過ぎて非現実的反戦に成り下がったあいつに……何時中国や北朝鮮が攻めて来ても大丈夫な様に自衛隊に入隊したこの俺が……)
つまり、千紫は自分の入院をただの脳震盪だと勘違いしていたのだ。
故に、千紫は焦った。
反戦を訴える事しか出来ないチャラ男如きに負けた自分が許せなかったのだ。
誰よりも国防の為の軍備強化・核武装の必要性を正しく理解している筈の自分が、堕落し過ぎて非現実的反戦へと堕ちた屑男に負けた事が許せなかった。
故に、千紫の目覚めに気付いた看護師は困惑した。
「ちょっと!?貴方何をしてるんですか!?」
「トレーニングだ」
千紫の天井を使ったトレーニングに焦る看護師。
「トレーニングじゃありません!まだまだ安静にしていないと―――」
「ただの脳震盪だ。その程度で慌てるな!」
「素人の身勝手な診断を真に受けないでください!」

で、千紫が入院している病院の会議は千紫の奇行の事でもちきりだった。
「ははは。この様子だと、退院が早まりそうだな」
「笑い事ではありません!」
「いやぁー、すまんすまん。でも、その様子だと命に別状は無さそうだな」
「だと良いですが……それについてはもっとちゃんと精密検査をしなくては」
病院側の懸念は千紫の体調だけではなかった。
「で、例の患者の素性は解ったか?」
院長の言葉に会議に参加していた医師達は困惑した。
「一応……」
「一応?」
「はい。患者の運転免許証を入手し、患者の国籍が日本国だと言う可能性が有るとこまでは掴めたのですが」
歯切れの悪い報告に少し不満に感じる院長。
「なんだね!?その歯切れの悪い返事は!?それでは、我々はどうやって患者の家族に連絡しろと言うのかね!?」
「院長の御気持ちは重々。ですが、例の免許証が偽造の疑いも―――」
「偽造!?」
部下達の憶測に、院長はある種の不安と恐怖を感じた。
「じゃああの男はペペロニアン王国の刺客だと言うのか!?」
「もしくは、多国籍連盟軍」
会議参加者の言葉に会議室にいる者全員が驚きざわめいた。
が、その疑惑は直ぐに払拭された。
「ですが、彼らは何故『令和』と言う言葉を使用したのでしょうか?」
令和は日本の現在の年号の筈だ。
なのに、彼らは何故か令和が存在する事に違和感を感じていたのだ。

一方の千紫もまた、雪崩の様な違和感に襲われていた。
その最大の理由が、窓から見える夜景である。
「……何時まで経っても昼にならないぞ?」
何時まで経っても終わらない夜景……いや、これは本当に夜景なのか?
寧ろ、宇宙船から観る景色の様な、そんな異様さまである。
「……とりあえず話しかけてみるか」
千紫はこの病院にいる人間に話しかける事に、まるで敵国の捕虜になったかの様な不安があるが、ここがどこなのか確かめない事には動き様が無いと判断したのだ。
が、病室を出た途端、千紫は自分の待機に向かない性格を呪った。
(なんだこの服!?まるでSF映画の様じゃないか!)
慌てて病室に戻った千紫は、ここが日本ではないと確信した。
(何か武器!?武器になりそうな物はないか!?)
慌てて病室のタンスをあさる千紫であったが、どれも戦闘に役立つとは思えないものばかり。
「刃物とか無いのか!?ハサミでも鉛筆でも何でも良い!」
だが、ここはやはり病院なのか、患者の自殺を促す物はそう簡単には見つからない。
どんだけ探しても武器として使えそうな物が見つからず、ただ時間だけが過ぎてそれが千紫を焦らせる。
しかも、
「扉が開かんだと!?何故だ!?病室には鍵が無い筈だぞ!」
「まさか、自殺を考えているのか!?」
「落ち着け!君はまだ若い!馬鹿な考えは止せ!」
追い詰められた千紫は、1枚のタオルに賭ける事にした。
(使えそうな武器がタオルだけとは……我ながら平和ボケしたなオレも……)
千紫が自殺を図ろうとしていると勘違いした医師達が慌てて病室に雪崩れ込むが、千紫はその隙に医師達の背後に回り込み、その内の1人の首にタオルを巻きつけた。
「動くな!」
「何をしているんだね!?君は―――」
「動くなと言っている!」
そして、千紫は捕らえた医師を盾に後退りしようとする。
「下手に動いたら、こいつの命は無いぞ!」
だが、騒ぎを聞きつけ、看護師の制止を振り切ってやって来た患者に背後から殴られ、千紫はそのまま失神した。

千紫が目を覚ますと、病院のベットに磔にされていた。
当然である。
本来なら殺人未遂と恐喝で逮捕されても文句が言えない事をしでかしたのだから。
(くそ!これで……詰みか!?)
が、被害者である筈の医師達は警察を呼ばなかった。
いや……呼べなかった。
その理由が、
「君は……いったい何者なのかね?」
そう。
医師達は千紫の正体を知らない為、対処に困っていたのだ。

本当なら舌を噛み切って死んでしまいたいくらいだが、それでは、自分は日本に対して何の役にも立っていないと感じてどうにか踏みとどまる千紫。
が、ベットに磔にされて動けない千紫に主導権は無い。
出来る事は、ただひたすら敵の拷問に耐えるのみである。
千紫はそれを自業自得と言い聞かせ、自分と敵国以外を恨まぬ様心掛けようとする。
しかし、待っていたのはただの質問攻めであった。
「単刀直入に訊く。君はどっちの味方かね?」
「千紫進」
「……やはり素直に話さんか……では質問を変えよう。君はペペロニアン王国は好きかね?」
千紫は、聞き覚えが無い単語に吹き出しそうになったが、何とか踏みとどまった。
「知らん」
これもダメかと思い、医師達は再び質問を変えた。
「では質問を変えよう。今の中国やロシアは、どう思う」
千紫は一瞬迷ったが、どうせ詰んでいるのであれば、少し自暴自棄になってやろうと思った。
「俺は嫌いだね」
医師達は一瞬嫌な予感がしたが、千紫の次の言葉がその不安を霧散させる。
「あいつら、何時台湾有事をやらかすか……いやそれだけじゃすまないだろうな」
医師達は目の前にある非現実過ぎる真実に混乱していた。
「台湾……有事……?」
が、千紫は自信満々に言い放った。
「何を驚く事がある?中国やロシア、北朝鮮が日本侵略を企んでいる事ぐらい、赤ん坊でも解るぜ!」
どちらでもない事を察した院長が、千紫の拘束を解くよう命じた。
「何!?」
まさか解放してくれるとは思っておらず、それがかえって千紫を不安にしてしまった。
「何を……考えてる?俺が逃げる可能性―――」
「これは、お返しします。勝手に拝借して申し訳なかった」
院長が差し出した物を見て、千紫はますます困惑した。
「俺が……自衛官だと知っていながらか?」
一方の院長も困惑しながら質問する。
「……やはり……貴方の生年月日は昭和63年1月1日なんですね?」
既に彼らに免許証を視られているので、千紫は隠ぺい不可能だと判断した。
「そうだ。それがどうかしたか」
千紫の生年月日に関する非現実的過ぎる真実の真相を知りたいとは思うが、かえって混乱を助長すると思い、先程言った|現在の中国とロシアの現状(・・・・・・・・・・・・)を説明する事にした。
「貴方の言い分を察するに、我々が今から言う現状を素直に信じるとは思えませんが、今の中国やロシアに侵略行為をする余裕があると?」
千紫は心底軽蔑した。
「あいつらが侵略行為をしない?頭大丈夫かお前ら?」
医師達は改めて目の前の非現実的過ぎる真実が真実だと思い知り、ますます混乱した。
「つまり……中国もロシアもペペロニアン王国に敗れた事を知らないと?」
千紫は大笑いした。
それはつまり、|千紫がこの時代の人間じゃない《・・・・・・・・・・・・・・》事を意味していた。
「やはり信じませんか?」
「中国もロシアも核保有国だぞ。そいつらと|互角(まとも)に戦えるのは、同じ核保有国―――」
「確かに!ペペロニアン王国は建国宣言間もない新興国ですし、ペペロニアン王国は核兵器を忌み嫌っています」
「非核や核廃絶が平和への道だと勘違いしている馬鹿なのか?お前らは」
医師達は目の前の男がこの時代の人間じゃない事も解るし、これは絶対に信じないなと言うのも解る。
だが、どんな事情が有ろうと来てしまった以上、この時代に何が起こっているのかを理解する必要があるのも事実。故に、院長は素直に現実を話した。
「貴方が何を言おうが、中国やロシアがペペロニアン王国軍地上部隊に負けた事は事実です。しかも、ペペロニアン王国軍地上部隊は未だに中国全土、ロシア全土、そしてハワイ諸島全域に立て籠もり、ペペロニアン王国の主張を通せと訴えているのです」
千紫は院長の真剣な目を見て、どんどん背筋が寒くなってきた。
これは嘘でも冗談でもないと。
「中国とロシアが……負けた……きゃつらは核保有国なのに……」
「しかも、ペペロニアン王国が地上部隊を急遽新設して地球に攻め入ったのは、多国籍連盟軍が行った菜園・養殖用アニアーラに核弾頭を撃ち込んだ事が口実となっております」
千紫は愕然とした。
核抑止力が核保有国を護る盾になっている筈が、逆に中国やロシアが謎のテロ組織に乗っ取られてしまう原因に陥った事実に。そして、核保有国を護る国防の切り札である筈だった《核抑止力》が、今となっては核保有国を苦しめる弱点となってしまった現実に。

設定紹介

●千紫進(せんし・すすむ)
年齢:35歳。性別:男性。
本作品の主人公。陸上自衛隊2等陸尉。場合によっては武装強化や核武装も辞さないと考える自称現実的主戦主義者で、同調圧力的な非現実的反戦を忌み嫌っていたが、落雷事故の影響でガンダムシリーズの様な異世界に転移してしまい、理想と現実の乖離に苦しめられる事になる。
イメージモデルは『Yahooニュースでよく見る軍事力強化推進・核抑止力賛成コメントが掲げる理想・絵空事』。

●令和
日本国が西暦時代に使用していた国内年号。
千紫進が所有する運転免許の有効期限にでかでかと書かれていた為、千紫進が異世界転移直後に入院した病院の医師達を大混乱に陥れた。

●エリ・クサ
性別:男性。
千紫進が異世界転移直後に入院した病院の院長。その後、千紫進の運転免許の有効期限を視て驚愕。千紫進の正体解釈に苦心する羽目になった。

第2話:戦争嫌いな病院

千紫進はまだ信じられなかった。
ペペロニアン王国を騙る謎のテロ組織如きに、あの中国やロシアが負けるとは……やはり信じられない。
でも、院長のあの目は嘘を言っている者の目ではなかった。
なら……
居ても立って居られず、千紫は病院の外に出た。
が、それがかえって千紫の混乱を助長した。
「……ここは……どこだ……」
千紫の目の前に広がるのは、マンションとショッピングモールと森林公園が合体したかの様な吹き抜けの建物内であった。
「この建物の名称は?」
「居住用アニアーラです」
「……この国の名称は?」
このやり取りで医師達は確信した。
千紫が西暦時代からやって来てしまった非現実的過ぎる迷子である事を。
「気が済んだら、1度病室に戻りましょうか」
謎の病院からの脱走を諦めた千紫は、医師達に促される様に病室に戻った。
千紫を病院に連れ戻した院長は、現状をどの様に説明すれば良いのかが解らなかった。
と言うか、千紫がどうやってここまで辿り着けたのかが全く解らなかった。
「改めて訊きますが……貴方の生年月日は本当に昭和63年1月1日……なんですね」
千紫もどう答えたら良いのか解らなかった。
「……そうですけど」
「で、貴方はまだ……令和の中にいる……んですよね?」
「……この国の年号は?」
「アニアーラ歴80年です」
「その『あにあーら』とは?」
「現在我々がいる……箱舟型巨大人工衛星です」
「人工衛星!?ここか!?」
だが、千紫は少し納得した。
「……だからか?この病院から見える夜景に違和感を感じたのは?」
つまり、千紫が見たのは夜景ではなく宇宙だったのだ。
「で、あんたらは何時地球に帰るんだ?」
院長は溜息を吐きながら答えた。
「それはありません。理論上は8000人が25年間暮らせるそうですから」
「25年後!?」
千紫は驚きを隠せなかった。
宇宙飛行士が25年間も人工衛星内で暮らすなんて聞いた事が無いからだ。
そして、医師達が千紫の正体を知って驚きを隠せない理由も判明した。
彼らの中では、西暦は既に終わって今はアニアーラ歴の中で生きているのだ。
「……そんなSF映画の世界になんで俺が?」
「それはこっちが訊きたいですよ!何時このアニアーラ0702号に移住したんですか!?」
「702号!?こんな巨大ショッピングモール風マンションみたいな人工衛星が700以上も在るって言うのか!?」
院長は、改めて千紫にこの世界の現状を説明する事の難しさを理解してしまった……

最早日本に戻る方法が無いと悟った千紫は、例の病院に戻ってこの時代の現状を訊ねた。
「で、中国とロシアが負けたと言ったな?」
「はい……どこからお話したら良いものか……」
院長は色々とまとめてからこの世界の歴史を話し始めた。

事の発端は、アインヘリヤルと言う宇宙開発用デザインベビーの開発に成功してしまった事であった。
宇宙開発促進を期待されたアインヘリヤルは、宇宙ステーションに酸素を安定的に供給する藻類農場システムを発達させ、まるで1つの街の様な箱舟型巨大人工衛星アニアーラの量産化に漕ぎ着けた。
だが、一般人の中にアインヘリヤルに逆恨み的な嫉妬の念を抱く者が現れ始め、国連、特に常任理事国への浸食は凄まじく、遂にはアインヘリヤルの駆除・掃討を目的に設立された国連軍の特殊部隊『多国籍連盟軍』の誕生を促してしまったのである。

千紫はこの時点で嫌な予感がした。
多国籍連盟軍がとんでもない間違いを犯したのではないかと。
「まさか……本来平和と秩序を護る為に存在する核兵器を!?」
院長は辛そうに首を横に振った。
「その……まさかですよ」

多国籍連盟軍のアインヘリヤル駆除は過剰かつ陰惨で、優先特権を盾にした非人道的作戦を多数遂行していた。
その中でも特に有名なのが、『悪夢のホワイトデー』と呼ばれる核爆発である。
アニアーラ歴79年3月14日、菜園や養殖を目的に製造されたアニアーラ群『ヴィーンゴールヴ』に向けて核ミサイルを発射し壊滅させてしまったのである。

「いやあぁーーーーーー!」
千紫はこの事実が嘘であってくれと願った。
千紫は核武装こそが日本の防衛に必要不可欠だと過剰に過信していたからだ。
「核兵器は本来、国を、国民を、そして平和を護る為の盾の筈だ!それを何故!?」
多国籍連盟軍の逆恨み的兵糧攻めの為だけに邪な形に歪められた核抑止力の哀れな姿に泣き崩れそうになる千紫に対し、既に核抑止力に平和を生み出す力は無いと悟っていた医師達は、ボソッと小言を言ってしまった。
「核抑止力が吐いた嘘に未だに騙されているなんて……やはり貴方は未だに西暦の中なんですね……」
だが、千紫がこの世界で生きていく為にも、この世界の歴史を正しく伝える必要がある。
無情な話ではあるが……

多国籍連盟軍設立によりアニアーラ群の自治権が無力化するのではないかと恐れた政治学者のハーコン・エイリークソンは、アニアーラ群を国家として認めさせる為の組織『ペペロニアン合衆議会』を設立し国連との根気強い交渉を行い続けたが、その時点で既に国連上層部は多国籍連盟軍のシンパと化しており、ハーコンの訴えに耳を傾ける地球人は少なかった。
その後、ハーコンは志半ばで病死し、ハーコンが行っていた交渉はハーラル・ギッレが引き継ぐも多国籍連盟軍の頑迷な反アインヘリヤル主義を巧みな話術だけで崩すのは不可能と判断し、ハーラルはペペロニアン王国建国を強行して初代国王となったのである。

千紫の息は荒く肩で息をする状態だった。
「核抑止力を過信していた貴方には辛い事でしょうが、これが多国籍連盟軍の核攻撃が作ってしまった真実です」
本当に辛そうにしている千紫の様子を診て、院長は質問した。
「もし、これ以上聞きたくないのであれば、我々は口を閉じますが、いかがいたします?」
だが、千紫にはそれが出来ない切実な理由がある。
確かにペペロニアン王国が中国やロシアを敵に回す大義名分が十分にある事が解った。
だが……いや、だからこそこの先を知る必要があるのだ。
もしかしたら……日本も多国籍連盟軍の仲間と見做されてペペロニアン王国の攻撃を受けてる可能性だってあるのだから。

千紫は……覚悟を決めて質問する。
「で……そのペペロニアン王国がどうやって中国やロシアに勝ったんだ?そして、日本はどこまで攻め込まれている?」
その質問に対し、院長は少し無言になって考えてから、結果を後回しにして順序を追って説明した。

ペペロニアン王国建国を強行したまでは良かったが、国連、もとい多国籍連盟軍がそれを認める筈も無く、それに業を煮やしたペペロニアン王国第1王子『ファフニール・ギッレ』は多国籍連盟軍への宣戦布告ともとれる演説を行い……実際にペペロニアン王国軍はそれを実行した。
アニアーラ歴79年5月4日。月面都市ミェーシツに侵攻を開始したペペロニアン王国は様々な新兵器を投入して下馬評を完全に覆した。
その1つが、ペペロニアン王国が密かに開発・量産していた人型多目的戦車。通称モビルスーツの存在である。
ペペロニアン王国初の量産型MS『ベーオウルフ』は、多国籍連盟軍の主力戦闘機や主力艦艇を圧倒!
特に後に『赤い高速』と呼ばれる事になるエースパイロット『ジョニー・トランボ』による護衛艦6隻沈没は、ミェーシツ攻防戦から9ヶ月が経過した今でも語り草となっている。
だが、多国籍連盟軍を最も驚かせ、そして困らせた新兵器はモビルスーツではなかった。
月面都市ミェーシツを奪取したペペロニアン王国は、悪夢のホワイトデーと呼ばれ語られたヴィーンゴールヴの核爆発への返礼とばかりに、ミェーシツに有ったマスドライバーを使って反核兵器兵器『AAE(Anti Atomkraft Enhet:アンチ アトムクラフト エンヘット)』を大量に地球に撃ち込んだのである。
これにより、核兵器を完全に失った多国籍連盟軍にペペロニアン王国の地球侵攻作戦を止める手立ては無く、現地に居た多国籍連盟軍地上部隊の抵抗虚しく、ペペロニアン王国軍地上部隊は中国全土、ロシア全土、ハワイ諸島全域に立て籠もり、国連に対して各アニアーラ群の自治権獲得を認める事を要求したのである。

「あのロシアはともかく……あの中国があんなヘンテコな名前の国に技術面で先を越される日が来ようとはな……慢心したか?」
「にもかかわらず、例の立て籠もりが9ヶ月目に突入してもなお、多国籍連盟軍はペペロニアン王国を国家扱いしないと頑迷に表明し続けてますよ」
千紫は……既に多国籍連盟軍の末路への興味を完全に失っており、千紫にとって最も重要な事を質問した。
「で、日本はどうなった?」
それに対する医師達の答えは、千紫にとって予想外過ぎるものだった。
「なにもされておりませんが。それが何か?」
疑り深い千紫は素直に喜べなかった。
(日本が無事?中国やロシアに勝利する程の軍事力を持つペペロニアン王国が今の日本如きすら侵攻出来ない?どう言う事だ?この時代の日本は遂に……いや、それでは中国やロシアがペペロニアン王国に負けた理由と矛盾する……意味が解らんぞ!?)
そんな千紫の考え込みを視て、医師達はペペロニアン王国の品性と民度を疑っていると感じた。
「つまり、貴方はペペロニアン王国を全く信用していないと?」
そして……

千紫は当ても無いのに病院から怒って出て行った。
その怒りは、その場に居合わせた通行人達を恐怖させる程であった。
その理由は、医師達が語った『日本がペペロニアン王国に侵攻されていない理由』であった。

「あいつらが保証した!?」
「はい。ペペロニアン王国は、月面都市ミェーシツ征圧の際、多国籍連盟軍に加盟していない国々に対し、秘密裏に密談交渉を行っており―――」
その言葉に千紫は激怒した!
「まさか……信じたのか!?侵略者共の口から出まかせな嘘を!」
千紫は本気でこの世界の日本の判断に落胆・幻滅した!
「あんな嘘に騙されて、侵略者の前で武器を捨てたと言うのか!?馬鹿なのかこの時代の日本人は!?」
そんな千紫の激怒を聴いた医師の1人がカチンときた。
「では何か……勝ち目の無い戦いを無理して行って、出さなくて良い重症患者を悪戯に激増させろと言うのか!?」
それに対し、千紫も反論する。
「ふざけるな!侵略者の前で武器を捨てると言う事は、全てを捨てる事と同義だ!」
「それは……そう……勝ち目だ。勝機を用意してから言え!」
「冗談じゃない!勝ち目が無いと言う理由だけで、祖国を捨てて敵国に頭を下げろって言うのか!」
「命が惜しくないのか!?死んだら―――」
「おい」
院長に服を引っ張られるが、やはり千紫の好戦的かつ主戦的な意見に対する怒りが収まらない。
「院長……やはり言わせてください。この脳外科や精神外科を受診すべきこの患者は、病院にとって戦争がどれだけ迷惑か、まるで解っていない」
対し、千紫は世間知らずの馬鹿だと判断した。
「何言ってるの?祖国を踏みつぶす事しか知らぬ侵略者に向かって、『ここは病院だから攻撃するな』と言うのか?おめでたい馬鹿も、ここまでくると重症を通り越して致命傷だな」
更に口論はヒートアップする。
「ふざけるな!戦火に焼かれ、銃撃に斬り裂かれた重症患者が、次々と湯水の様に病院に雪崩れ込むんだぞ!その面倒を診るのは、誰だと思っている!?」
「敵国から祖国を護る為の必要悪だ。その程度の傷くらい、名誉の勲章だと思え」
「そんな戯言はまだ生きている連中の特権だ!病院に雪崩れ込む事すら叶わず、戦場に捨てられた遺体に対して、同じ事が言えるかぁー!?」
「その言葉、そっくりそのまま貴様に還すよ馬鹿者が。今の台詞、祖国を護って名誉の戦死を遂げた英霊達のへの……侮辱の言葉だ」
そう言い切ると、千紫は立ち上がり、
「どこへ行く?」
「これ以上話しても無駄だ。特に……そこの戦争の必要性がまるで解っていない馬鹿とはな」
千紫と激しく口論した医師が悔しそうに歯噛みした。
「後、これだけはハッキリ言っておく」
「ん?」
「敵国に日本を滅ぼせと命令する為に偽りの降伏をした今の日本人達を……好かぬ」
そう言って、千紫はこの病院から立ち去ったのであった。

設定紹介

●アニアーラ
宇宙での居住区や養殖所の役目を担う箱舟型巨大人工衛星。
船内の酸素は藻類農場システムにより安定的に供給。8000人が25年間生活出来るとされており、大量生産に成功した事で宇宙に居住区を生成出来る様になった。だが、量産化成功の経緯が新たな戦争の火種となってしまった……

●アニアーラ歴
アニアーラの量産化に成功してから何年後かを表す数字。この数字を頻繁に数えられる事になった事で、徐々に西暦が廃れる事になってしまった。

●アインヘリヤル
宇宙開発用デザインベビー。
宇宙開発用を想定して心身改良されて生み出された故に、それ以外からの嫉妬の念を抱かれ、その事が多国籍連盟軍設立の原因になってしまう。

●悪夢のホワイトデー
多国籍連盟軍が行ったアニアーラへの核攻撃。
牧場アニアーラ群『ヴィーンゴールヴ』が、多国籍連盟軍が発射した核ミサイルにより多数大破した事件。アニアーラ歴79年3月14日の出来事であった。

●ペペロニアン王国
多国籍連盟軍と対立しているアニアーラ群の総称。
元々はハーコン・エイリークソンが自治権を求めて樹立した合衆議会だったが、多国籍連盟軍の許可を得られず、ハーコンが急死してハーラル・ギッレが国王に即位する。それ以降も多国籍連盟軍に自治権を認められなかった為、各アニアーラ群の自治権獲得とアインヘリヤルの人権保護を訴える事を目的とした軍事衝突を実行した。ただ、条約や中立などについては律儀で馬鹿真面目であり、それを利用して戦火から逃れようとした国家が多発し、多国籍連盟軍の悩みの種となった。

●史上最悪のゴールデンウィーク
アニアーラ歴79年5月4日、ペペロニアン王国が多国籍連盟軍に宣戦布告した。
宣戦布告演説終了直後、ペペロニアン王国軍は月面都市ミェーシツに侵攻しつつ、軌道衛星上からの砲撃によって地球内の核兵器無力化を図った。その結果、地球上の全原子力発電所は使用不能となり、深刻なエネルギー危機が発生した。

●AAE
ペペロニアン王国が開発した核兵器対抗措置(Anti Atomkraft Enhet:アンチ アトムクラフト エンヘット)の略。人工的に強力なデジタル電波を発生させて原子力を無効化する装置。これにより、多国籍連盟軍は核兵器使用不可能となり、ペペロニアン王国軍の量産型MSが地上を蹂躙する事態を許し、地上でのミリタリーバランスが一変してしまった。

●ポッ・ション
性別:男性。
千紫進が異世界転移直後に入院した病院に勤務する医師。熱血漢な激情家で、重症患者を意図的に激増させる戦争を迷惑視している事もあってか、軍隊や軍事基地の必要性には懐疑的かつ猜疑的。

第3話:赤い高速

千紫進は焦っていた。
戦争の必要性を完全に忘れた、この時代の日本政府の頭の悪さに。
「何を考えてるんだ……あいつらは!」
千紫は今直ぐ国会に乗り込んで、何時日本に侵攻してもおかしくないペペロニアン王国と戦うべく、間違った中立を即時辞めさせたかった。
だが……
「どうやって日本に帰れば良いんだ?」
この時代の仕組みを全く解っていない千紫は、どうすればこのアニアーラから出られるのか、そして、どこに日本行きの船があるのか、全く解っていなかった。
それどころか、今日の衣食住をどうするのかすら決まっていないのだが、急ぎペペロニアン王国の魔の手から日本を護りたい千紫は、自分の衣食住に無頓着になり過ぎていた。
「どうすれば良い。急いで日本に戻り―――」
そこへ、千紫の怒りの炎に油を注ぐかの様な台詞であった。
「そんなにペペロニアン王国が怖いのですの?」
「怖い……だと?」
千紫が声のする方を向くと、そこには赤に包まれたかの様な少女がいた。
赤い服、赤い帽子、赤いサングラス、その少女は異様なまでに赤かった。
が、そんな事より、千紫にとっては日本の敵国であるペペロニアン王国を恐れていると勘違いされた事が、この上なく屈辱だった。
「この俺が、日本を滅ぼそうとしている敵国に背を向けて逃げると言うのか?」
一方の赤い少女は、千紫が何を言っているのか解らず、ただ不思議そうに首を傾げた。
「敵?貴方は誰の味方ですの?」
千紫は堂々と答えた。
「日本だ!俺は日本人だ!」
その言葉に赤い少女は微笑んだ。
「つまり、ペペロニアン王国と戦う気は全く無いとおっしゃいますの?」
「違う!」
赤い少女はやはり首を傾げる事しか出来なかった。
「違う?ペペロニアン王国と戦う心算で日本に往く……矛盾してますわ」
「矛盾点は1つも無ぁーい!」
赤い少女は少しだけ合点がいった。
「つまり……ペペロニアン王国を全く信用していらっしゃらないと?」
「当たり前だ!中国やロシアをいきなり強襲して侵略した連中を、誰が信じると言うんだ!?」
千紫の啖呵に対し、赤い少女はあっけらかんと答えた。
「そう意気込んで、8ヶ月以上も待ち惚けを食わされたと言いますのに?」
「それは、中国やロシアとの戦いで傷ついたからだ。その傷を癒しつつ、我々日本国の隙を伺っているのだ!」
「その程度で息切れする程弱い国が、多国籍連盟軍と言う強大無比な国際的軍事組織に喧嘩を売る?無責任で無知な焦りしか出来ない馬鹿のする事ですわ」
「それは!……」
そこで、千紫の喉は詰まった。
確かに、これだけ派手に侵略行為を行ったペペロニアン王国が他の国からの制裁を受けない方が矛盾している。
しかし、ペペロニアン王国は未だに中国全土とロシア全土を占領し続けている。
それはつまり、他国がペペロニアン王国に対して打つ手が無い事を意味しており、ペペロニアン王国もその自信が有るから今回の立て籠もり行為を実行したのだ。
現に、ペペロニアン王国は中国とロシアに勝利している。
その事実を無視し、ただ他国の状況も考えずに国防を目的とした軍事力増大を訴えていた千紫は、赤い少女から観たら、
「そんな無知で無責任な軍事は、救済とは呼べませんわ……」
そして……赤い少女は千紫に止めを刺すかの様なダメ押しの単語を吐きながら、千紫の許を去った。
「……迷惑!」

千紫と別れた赤い少女は、千紫の戦意過剰な性格に呆れていた。
「随分物騒で……無責任な方でしたわね?」
そして……赤い少女は物陰に隠れながらスマホを使って誰かと連絡を取っていた。
「もしもし、わたくしですわ」

一方、日本国防衛を目的とした軍事強化や核武装を『無責任』や『迷惑』と呼び一蹴した赤い少女に対して説き伏せきれなかった自分を恥じる千紫。
「俺は馬鹿か……なんであんな……あんな間違いだらけに押し切られた……」
それは同時に、千紫にこの時代の日本の行く末に不安を感じさせる強烈な一撃でもあった。
「あんな馬鹿女に核武装の必要性を正しく教えてやれなかった情けない俺が……恐怖に屈し過ぎて間違った中立宣言をしてしまった、臆病な政治家共を説得出来るのか……」
そんな不安に支配されかけた千紫の耳を、緊急アナウンスが貫いた。
「緊急警報!緊急警報!現在、第7アニアーラ群にペペロニアン王国の部隊が接近しています!直ちに窓から離れ、係員の指示に従い―――」
その途端、赤い少女との口論に負けた事による不安は消し飛び、何時日本に侵攻してもおかしくないペペロニアン王国への怒りに支配された千紫。
「何がペペロニアン王国を信用しろだ!何が中立国は安全だ!奴らはただの……侵略者だ!日本の敵だ!」
その途端、千紫はシェルターに連行しようとした警備員を振り払い、近づくなと言われている窓へと駆け出した。
「何をしている!?そっちは危険だ!そっちにはペペロニアン王国のモビルスーツ部隊がいるんだぞぉー!」
そんな千紫が見た物は、ベーオウルフに銃口を向けられて千紫を突き飛ばす勢いで逃げる警備員達の姿だった。
「あれが……モビルスーツか?」
いずれアレが日本に攻め込むかも知れないと思うと、ますます間違いだらけの中立に走ったこの時代の日本政府を憎んだ。
「アレに踏み潰される日本の姿を想像する事すら……あいつらは出来ないと言うのか……ふざけるな!」
常に日本の軍備増強や核武装の必要性を訴えて来た心算だった千紫だが、今日ほど武器が欲しいと思った事はなかった。
「たとえ、臆病で愚かな政治家共が貴様らに屈しても、俺は絶対にお前達を許さない!日本をお前達の好きにはさせない!」
だが、千紫の啖呵を無視するかの様にベーオウルフは警戒を解いて、銃口を真下に向けて棒立ちになった。
「!?……馬鹿にしているのか……お前達にとって、俺は、日本人は、そんなに取るに足らない雑魚だと言うのか……ふざけるなあぁーーーーー!」

その時、千紫がさっきまでいた場所から不気味な破壊音がした。
「何!?」
千紫は目の前のベーオウルフが何をしでかすか判らない恐怖に耐えながら謎の破壊音の許へと駆け出した。
(しまったぁー!外にいるあいつはただの囮!別動隊の侵入を手助けする見張り役だったんだぁー!)
そして、ショッピングモールと森林公園が合体したかの様な場所に戻った千紫が見た物は……先程のベーオウルフとは別のモビルスーツであった。
悠々と千紫に向かって歩き出す謎のモビルスーツを睨みつける千紫。
「来い!例え最後の1兵となっても、俺は……貴様の様な日本の敵に頭を下げない!」
が、肝心の謎のモビルスーツは千紫を傷つけない様に注意しながら停止した。
「……なめられたものだな……この俺がそんなに怖くないのか?……日本を護る為に日本の軍事強化と核武装を推進する日本の守護者、|千紫進(せんしすすむ)がそんなに怖くないのか!?」
どうやら、千紫の目の前のモビルスーツは本当に千紫の事を恐れていないのか、突然コクピットの出入口を全開にした。
「お久しぶりですわね?戦争大好き勘違い男さん?」
千紫は謎のモビルスーツのパイロットの正体に愕然とした……
「……なぜ気付けなかった……」
そう。
謎のモビルスーツを操縦しているのは、あの時千紫と口論したあの赤い少女。
つまり、千紫はあの時赤い少女を捕縛してこの目の前の惨劇を阻止出来る位置にいた……筈だったのだ!
「こんなに衣装が変わっていますのに、一目で私だと気付けるだなんて、なかなかの洞察力ですわ?」
確かに、赤い少女の衣装は先程とは大きく変わっていた。
赤いサングラスは赤いマスカレードマスクに変わり。
赤いドレスは赤い軍服に変わっている。
言われてみれば、確かに変わったとは言える。
が、千紫の耳にはその称賛が見下す為の悪口にしか聞こえなかった。
「あの時……あの時貴様を殺していれば―――」
しかし、赤い少女は千紫の後悔を全否定した。
「ペペロニアン王国が『次』を送り込むだけ……それだけですわ」
でも、千紫はそれを否定だとは思わず、更なる皮肉で返した。
「で、俺はその『次』とやらを殺して殺し続け、『次』が全滅するまで俺は戦い続けると言う訳か?」
その宣言に赤い少女は呆れ果てた。
「『次』が死滅する?貴方、陰惨な戦争と美麗な特撮ヒーローを同列に扱ってません?」
千紫はあえて赤い少女の悪口を肯定した。
「ああそうだよ!貴様の大好きな特撮ヒーローがやってる事は、国防を目的とした戦争と全く同じなんだよ!」
赤い少女は無知な千紫の好戦的な言い分を鼻で笑いながら否定した。
「もし、わたくしが今操縦しているモビルスーツを作ったのが、ペペロニアン王国ではなくて多国籍連盟軍だとしても……ですの?」
「……何?」

千紫は赤い少女の無責任で悪意に満ちた嘘に対する激怒と困惑に支配されていた。
目の前のモビルスーツを作ったのは、いつか必ず日本に侵攻する筈のペペロニアン王国ではなく、ペペロニアン王国の魔の手から世界を護る筈の多国籍連盟軍だと嘘を言う赤い少女に対し、千紫の怒りは頂点―――
「敵国の長所を称賛した上で敵国の戦術への対策を練る。わたくしはありきたりな展開だと思いますわ」
確かに、鹵獲した敵国の兵器を分解したり、動作を観察したり、構造を分析したりする『リバースエンジニアリング』はよくある話だ。
だが、それと赤い少女が行った悪行とは―――
「そうですわ。わたくしがこのアニアーラで多国籍連盟軍がこのモビルスーツを作っている事実を知ってしまった事が、この惨劇の真の元凶ですわ」
(!?)
千紫は確信させられた!
赤い少女は間違いなく千紫の思考を読み切っている。
「わたくしが多国籍連盟軍の秘密行動にぜんぜん気付かず、このモビルスーツに曳かれず、このアニアーラに行きたいと言う願望さえ持たなければ、この惨劇は避けられたのですわ」
それはつまり、多国籍連盟軍がここで秘密裏に千紫の目の前に有るモビルスーツを作ったから、あの赤い少女がここを破壊した……これでは、悪いのは―――
「いいえ。わたくしが来なければ避けられた悲劇ですわ。この悲鳴も。この死別も。そして……」
赤い少女が操縦するモビルスーツが自身の真横に有る壁に右裏拳を見舞った。
「この破壊も」
赤い少女が行った破壊によって飛び散り降り注ぐ破片を見ながら懸命に叫ぶ千紫。
「やめろぉーーーーー!」
だが、赤い少女は千紫の揺れ動く心を弄ぶかの様に悪ふざけを言い放った。
「やめろ?貴方、本当は戦争が御嫌いなのではなくて?」
千紫は非現実的反戦主義者と間違われた事に怒った。
「違う!これは警告だ……これ以上日本を破壊したら、貴様は必ず死ぬ!死刑になる!」
千紫の威勢を半ば無視した赤い少女は、更に千紫の心を弄ぶかの様に事実を言い放った。
「確かに、わたくしはこのアニアーラの住民に殺されても文句が言えない悪行をしましたわ。でも、その罪を断罪する執行人がいなくては、死刑は成立しませんわよ?さあ、捕まえて御覧なさい!貴方の大嫌いな戦争の力を使って」
だが、そんな赤い少女の遊びは、真面目な通信によって強制終了した。
「ジョニー少佐!そろそろ退避命令を進言します!」
「おっと、そうでしたわね。これ以上はわたくしの部下がかわいそうな事になりますわ」
赤い少女の正体が、あのペペロニアン王国のエースである『ジョニー・トランボ』だと知った千紫が必死に制止させようとするが、
「待て!」
「では、今日はこの辺で失礼しますわ。貴方が戦争好きだと言う嘘を何時まで言い続ける事が出来るか楽しみにしながら―――」
「待てぇー!」
だが、不運?にも千紫の手元にはジョニーを止められる程の武器が無かった。
「ごきげんよう」
「待ぁーーーーーてぇーーーーー!」
そして……ジョニーが行った破壊だけを残してジョニーは多国籍連盟軍が開発したと思われるモビルスーツに乗って去っていった。
その後、このモビルスーツは「本名が長い」と言う理由で『ガンダム』と改名させられる事となる。
一方、明確な敗北を突き付けられた千紫は、四つん這いの状態で泣き崩れた。
「く……くっそおぉーーーーー!」

設定紹介

●HFT-03ベーオウルフ(Beowulf)
頭頂高:18m。重量:52.8t。武装:76.2mmアサルトライフル、200㎜グレネードランチャー、90mmサブマシンガン、多用途銃剣、ライオットシールド。
ペペロニアン王国初の量産型MSでペペロニアン王国を代表するMS。自在に動く臀部ジェットブースターにより柔軟で機敏な動きが可能で、背部に輸送用コンテナやパラシュート・ザックを背負う事が出来る。また、数十メートルの高度からパラシュート無しで着陸しても何ら活動に支障が生じないなど、高い機体強度を有している。90mmサブマシンガンと多用途銃剣は不使用時は両腰にマウントされる。
因みに、型式番号に使われている「HFT」は人型多目的戦車(Humanoid・Flerbruk・Tank)の略である。

●ジョニー・トランボ
年齢:17歳。性別:女性。
「赤い高速」の異名を持つペペロニアン王国軍の若きエースパイロット。その卓越した操縦技術と戦術で次々と戦果を挙げ、中でも月面都市ミェーシツ争奪戦で多国籍連盟軍の護衛艦6隻を沈没させた事で知られている。その後は奪取したアジダーニエ・エクスピリミェーントを自らのパーソナルカラーに塗り直したレイブンガンダムを愛機とし、第一線で戦い続ける。
クールビューティーなコメディリリーフの様な性格で、お嬢様言葉で喋り衣装や機体を赤にリペイントしたがる悪癖を持つ。また、とある事情から赤いサングラスか赤いマスカレードマスクで両目を隠している。

●Нэо1アジダーニエ・エクスピリミェーント(Ожидал・эксперимент)
頭頂高:18m。重量:43.4t。武装:76.2mmビームライフル、ビームサーベル×2、頭部57mmバルカン×2、スペースチタニウムシールド。
多国籍連盟軍が開発した試作MS。ビームライフルやビームサーベルと言ったビーム兵器を装備した事で、ベーオウルフを一撃で破壊する性能を持っていた。また、鋼鉄の10倍もの強度を持つスペースチタニウムや装甲に施された人工ダイヤモンドコーティングなど、防御面も優秀だった。更に、背部から腰部にかけて装備されている巨大なスラスターにより、空中戦等においても高い機動力を発揮する。
しかし、第7アニアーラ群での最終テスト中にペペロニアン王国軍のジョニー・トランボに奪取されてしまう。後に「ガンダム」と改称。

機動戦士ガンダム 異世界から来た日本兵

機動戦士ガンダム 異世界から来た日本兵

この不定期連載同人小説の趣旨は、『Yahooニュースでよく見る軍事力強化推進・核抑止力賛成コメントが掲げる理想・絵空事』と『ガンダムシリーズが視聴者に突き付け続けた現実』との対立です。 本作の主人公兼狂言回しである『千紫進(せんし・すすむ)』は『Yahooニュースでよく見る軍事力強化推進・核抑止力賛成コメントが掲げる理想・絵空事』をイメージして書いた心算なので、『何故こいつ言動にムカついたのか?』を真剣に考えてくれたら幸いです…… pixiv版→https://www.pixiv.net/novel/series/14265374 ハーメルン版→https://syosetu.org/novel/383217/

  • 小説
  • 短編
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2025-08-06

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

Derivative work
  1. 第1話:異世界から来た日本兵
  2. 第2話:戦争嫌いな病院
  3. 第3話:赤い高速