
七十五歳
二人の後期高齢者が公園のベンチではなしている。
おまえさん、目はいいけど耳は遠くなったな
え
耳が遠くなったって言ったんだ
75になったとたんだよ、
75は境目なんだと自覚したよ
77は喜寿だが、75は塀寿か
なにそれ、
さかえめ?
二人の足下に、首輪がはずれたトイプードルがやってきた。
白い猫がきたぞ
あんたは、耳がいいようだが、目は衰えたね、猫じゃないよ、犬だよ。
わんこうに顔を近づけた。
ああほんとだ犬だ
すみません、若い女性が犬をつかまえにきて、つれていった。
きれいな人だったな
ほんとに目が悪くなったな、白髪のばあさんだぞ
そうだったの、
最近、異性をみても、つまらなくなったよ、あのどきどきがなくなっちまった。
わたしもだよ
ホルモンが減るんだな、おまえさん、朝だちするかい
ほとんどしなくなった、
俺は血液検査で男性ホルモンの量をはかってもらったんだが、五年前とあまりかわらんかった。だけど、あさだちはないし、どきどきかんがなくなった。
元気な人は75すぎても元気なんだろね
たしかに、80でも子どもはできるらしい
あんただって、できないことはないんだよ、そっちの薬を飲めば、まだつかえる。
そんな薬使ったことあるのか
ない、泌尿器かにかからなければ薬は手にはいらんみたいだ
そうか、わざわざそのために行くのははずかしいしな
うん、はずかしい
それに、その薬飲んだって、どきどきかんはうまれないのだろう
そうかもしれない
若い子を見てもどきどき感がなくなったのは、脳の問題だと、どこかの先生がテレビでいっていた。
脳のどこ
そんなこと知らんよ
背広を着た、一見アランドロン風な男性が、じいさんが二人いるのを見ると、そばにやってきた。
二人の後期高齢者はその男を見上げた。
男はにこにこして、めいめいに名刺をさしだした。
名刺には、投資会社スパム 社長、医師、荒土論とある。
二人はめがねをかけて、名刺の名前を見た。二人は顔をみわせた。片方がなんとお読みするんで、と聞いた。
あら、つちさと です、いかがでしょう、ホルモン療法、どきどき感が戻るだけではありません、精子もたっぷり作られます、精子バンクへ登録すれば、将来、その精子を使いたいという人が現れたら高い値段でうれます
だがな、俺の精子など使いたいというものは現われんよ、と一人の老人が言った。
それはもったいない、お二人をお見かけして、なかなかの男ぶり、若い頃はさぞおもてになったことだと思いましたので、声をかけました
わしはかみさんをやっともらいましてな、だめですわ、お見合いでやっとな
私もおなじで、伝手を頼って、やっと嫁さんです
おお、それじゃ、下手な恋愛をしていない、それはよいことです
その通りで、若いときはどきどきはたくさんありましたが、周りの友達がどんどん女子(おなご)に声をかけるのを、遠くから見ておりました
わたしも同じで
奥ゆかしいですね、ぜひとも後期高齢者スパムバンクへ登録していただいて、純粋無垢の精子として売り出しますが、いかがですか
だけどな、精子などでますかな
二人はまた顔を見合わせた
とんでもない、お見かけするところ、後期高齢者になったばかり、男性ホルモンを一週間も打てば、十分立派なスパムがつくられます。若いきれいな女の子がスパムをとりだしてくれます
一人の老人は女の子と聞くとやな顔をした。
ホルモン療法と30年間保存料で30万円、安いですよ、と男は言った。
家内がいやがるよ
片方の老人が言った。
奥様はお元気で、男は聞いた。
二人が顔を見合わせた。
まあ、目は悪くなったが、元気ですな
老人が返事をした。
そちらの方、奥様はお元気で、ともう一方の老人に声をかけた。
奥さんはいないけどな
お亡くなりになられたので、
二人は顔を見合わせた。
その老人は、もともとおらんですよ、旦那はいますがね と言った。
荒土論は惚けてると思って、老人を見た。
その、老人が、
わたしが、奥さんだが、まだ生きておるよ、見りゃわかるでしょ、と言って、立ち上がった。
もう一人の老人も立ち上がって、二人は腕を組んでいってしまった。
男は悪魔が化けていた。
悪魔は呆然として、二人を見送っていた。
人間はずいぶんすすんだものだ
と、独り言を言った。
七十五歳