『ルノワール×セザンヌ』展

タイトル及び本文中の誤字を修正しました(2025年6月22日現在)。


 三菱一号館美術館で現在、開催中の『ルノワール×セザンヌ』展はパリのオランジュリー美術館が企画及び監修を行う世界巡回展。当該美術館に収蔵されている先見の明に優れた画商、ポール・ギヨームがコレクションしてきたもののうち①ピエール=オーギュスト・ルノワール(敬称略。以下、単に「ルノワール」と記す)と②ポール・セザンヌ(敬称略。以下、単に「セザンヌ」と記す)の作品を同時にフォーカスし、その作風が切り拓いたモダンアートの地平を眺望する。かかる企画の主眼からいわゆるポスト印象派としてパブロ・ピカソの絵も数点、展示会場にて鑑賞できる。
 本展ではまたルノワール、セザンヌといった印象派の画家と同時代に活躍したオディロン・ルドン(敬称略。以下、単に「ルドン」と記す)の作品で、三菱一号館美術館で収蔵されている絵なども展示されている。特別室で花開く《グラン・ブーケ》など思わず息を飲む美しさ。『ルノワール×セザンヌ』展は、一時代の歴史を縦横に堪能できる非常に優れた展示会であった。




 セザンヌの絵画空間の拵え方をこよなく愛する筆者は、本展で目にすることができる静物画の中でも《りんごとテーブルクロス》と《りんごとビスケットのある静物》に心底魅了された。
 画面上に描かれた数々の「りんご」は個体として具に観察しても、類として眺めても愛くるしく、かつ美しく、テーブルクロスやお皿、その上に乗るビスケットといったその他のモチーフとの間に生まれる物と物との距離、その間に確保されたスペースをもって、観る側の神経回路に潜在する偏愛のツボを押して押して押しまくる。とにかく観ていて気持ち良いのだ、セザンヌの「りんご」は。
 同じ印象派でも、クロード・モネ(敬称略)などの絵からは得られないこの感覚は、セザンヌと同じく、発色の輝きを重視してモチーフのフォルムを犠牲にした印象派の技法から次第に離れていったルノワールの絵にも認められる。
 繊細さと大胆さを兼ね備えたマチエールの限りを尽くし、見目麗しい花や花瓶の光沢、あるいは果肉に秘められた甘味や酸味を想像させるルノアールの静物画は、空間というより物が現在する時間そのものを捉えているように見える。その一枚、一枚の前では観る側と絵の間に存するフィクションが解消され、あなたが見ているから私もここに存在できると言わんばかりの応答が繰り返される。哲学的な問いの定番ともいえる鑑賞者なき絵画の存在など、ルノワールの静物画に関してはそれこそ無意味だ。私がいるからルノワールの花は咲く。果物は香る。クロスの上を指が滑り、その勢いで、その世界で私たちがどこまでも舞い上がってしまう。
 造形作家の岡﨑乾二郎(敬称略)は著作にて「空間が先にあるのではなく、存在するもの同士の間に空間は生まれる」と記していたが、セザンヌやルノワールが、それぞれに異なるアプローチを取りながらも到達した境地を体感すると、その意味するところの革新性に気付ける。
 そこに「在る」という事実はただの認識に止まらない。物としての質感以上に、絵画を本物にするポイントが私たちの内側に、今も掘り尽くされずに眠っている。社交の場において知的なクイズとして興じられることもあった絵画の美、それを解き放ったモダンアート。その扉を自らの手で設えて解き放ち、後進が歩むべき道を敷いた二人の巨匠。彼らが知悉する絵画の本質を直に見れる機会は、今年の9月7日まで開催中。窓口ではカラー割引もあるので積極的に活用して欲しい。ブルー又はピンクのコーデで100円、ブルーとピンクの両方を駆使したオシャレな方には割引額が200円となるお得。グッズではルノアールのマグネットがお勧め。綺麗すぎて作業の手が止まる。興味がある方は是非、三菱一号館美術館まで。

『ルノワール×セザンヌ』展

『ルノワール×セザンヌ』展

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2025-06-18

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