夏のはたけ
トマトの種
私は昔からトマトが嫌いだ。
トマトなんて要らなくない?と思いながら大人になったが、世の中の人たちは私と違ってトマト好きが多い。「子どもの好きな野菜ランキング」の上位にも入るらしい。何とも不思議だ。
トマトの何が嫌いかって、あの皮の弾ける食感、そして中から溢れ出る"ぶにゅぶにゅ"した種とその周りにまとわりつくゲル状のものたち。特にプチトマト。食べ方を間違うと、噛んだ瞬間に口内外にあの"ぶにゅぶにゅ"が弾け飛び、何とも言い難い絶望感に襲われる。何故、神はトマトをあんな仕様にしたのだろうか。私には不思議でしかない。
トマト嫌いが始まった幼少期、私はあらゆるサラダに飾られたトマトをひたすら避けて過ごした。大人たちは「栄養があるから」「身体に良いから」と、圧力と正論でトマトを取り皿に乗せる。しかし、私は"別の野菜を食べる""デザートを我慢する"等の選択肢を提示し、どうにかこうにかトマトを食べない選択をしてきた。
トマト嫌いな少女が大人になった今、私はトマトを食べるための術を身につけた。「加工品」だ。ケチャップ、トマトピューレはあの最も苦手な皮の弾力も種の"ぶにゅぶにゅ"も一切消してくれているのだ。最初に作り出した人に心からお礼を伝えたいくらい、それらのお陰でトマトという野菜を食べられるようになった。
それでもあくまで、私は今でもトマトが嫌いだ。
カブトムシゼリー
夏には代表的な匂いがいくつかある気がする。蚊取り線香、プールの塩素、浮き輪のビニール、仏壇の線香、ひやむぎのつゆ、花火、等々。どれも夏なのだが、私にとって「カブトムシ」の匂いは夏の匂いの代表格だ。
あまり虫が得意ではない子ども時代。男子たちがカブトムシやクワガタを捕まえて虫かごに入れ、その大きさや種類を自慢することの意味が分からなかった。今でも大して分からないのだが。近寄ることも、実際に触ることも無かったが、あの虫かごから漂ってくる匂いは「カブトムシ」に他ならなかった。
小学校3年生の夏、友人のひーちゃんの家ではカブトムシが虫かごで飼われていた。きっと同じ学校に通うひーちゃん兄のものなのだろう。虫かごにはカブトムシ2匹の他、朽ちくたような木の枝、おが屑、そして真っ赤な透明容器に入ったゼリーがあった。ゼリーはどうやらスイカ味らしく、カブトムシの餌として売られているものだとひーちゃんが教えてくれた。確かに"夏"をテーマにした絵には、スイカとカブトムシが一緒に描かれることもある。夏の生き物だし、スイカが好きなのも納得できる。では何故、本物のスイカではなくわざわざゼリーなのか。アリ対策なのか、カビないようになのか。ただ、そのカブトムシが、お弁当や行事のお楽しみとして出てくる「メンコちゃんゼリー」と似たものを食べていると知り、なんだか少しだけ可愛らしく思えた。
カブトムシ単体とスイカ味のゼリー、その両方を合わせた匂いが、私の中のカブトムシの匂いになる。
ねずみ花火の逆襲
「ねずみ花火(奴)」をご存知だろうか。パックになった花火セットに時々付いている、どう楽しむかの正解が分からない花火だ。
子どもの頃、我が家ではねずみ花火をしたことが一度もなかった。近所の民家の屋根の間から登っていく煙と、どこからともなく"ーーパンッ"と聞こえる音に、ねずみ花火への憧れを抱いた。
大学生になり、大学の友達何人かと花火をする機会があった。花火セットの手持ち花火がどんどん消費され、終盤でその中の1人がねずみ花火を見つけ、火をつけようと提案した。私は奴がどんなものなのかを知らないため、友達たちに任せ、観察することにした。
ライターで先っちょに火をつけ、素早く地面に落とした瞬間から、奴はクルクル回りながら火の粉を出し続け、突然"ーーパンッ"という音と共に消えた。何とも不思議な花火だった。
初めてのねずみ花火から数年、次は地元の友達たち3人(普段の呼び方である"いつめん"と呼ぶ)と、それぞれの家の中間地点の公園で花火をすることになった。前と同じく、花火セットの手持ち花火がどんどん消費され、終盤で3つのねずみ花火を見つけ、火をつけることに。いつめんは皆、度胸の塊の様な性格なので、躊躇なく奴に火をつける。
「あれ?」。いつめんの1人が、火をつけた奴が普段とは異なる、その場でイモムシまたは野糞のようにゆっくりゆっくりただ煙を上げながら灰になっていく様子に声をあげた。「これもしかしてしけってんじゃない?」と別の1人も言う。試しにもう一つ、奴に火をつける。2つ目の奴も同様にゆっくりゆっくり灰に変わっていった。
残り一つ。私たちは奴の動きに拍子抜けし、最後は火をつけて指で持ったまま観察してみることにした。いつめんの1人が奴に火をつけ、ゆっくり観察を始めた瞬間ーーー奴は突然、火の粉を出しながら激しくクルクル回り始めた。それに驚き、手に持っていた奴をサッと離し、火のついた奴が正面にいた私めがけて飛んできた。私もびっくりし、サッと素早く離れると、奴は今度は今まで傍観していたもう2人の方めがけてクルクル回りながら素早く移動していく。突然素早い動きを見せ始めた奴にビビり、私もいつめん3人も奴から離れ、遠くから見守ることにした。
奴は散々回りながら移動し、最後は突然空中に回りながら浮上し、"ーーパンッ"と音と共に消えた。
この一件から、私たちは「ねずみ花火」にはかなり慎重になった。もうきっと奴をイモムシや野糞と呼ばないだろう。奴は中々手強い花火だ。
がおる
暑い日が続くとよく口にしてしまう「がおる」。東北の方言なのだが、ご存知だろうか。「がおる」とは、「疲れた」「疲れによって体調が良くない」ことを表す。
私は30度以上の夏日が続くと、きまって「がおる」のだ。暑さでの疲労感はもちろん、夏バテで食欲も落ちることで、より「がおって」しまう。
大学時代、様々な県から来ている友達たちとの会話で、ふと「がおったー」と発したことがあった。東北民からすれば、意味が分かるのでそのまま「がおった」話について会話が続く。しかし、東北民以外には「がおる」という謎の単語が通じないのだ。方言あるあるの、「方言を標準語に直した際の意味が分からない」、「幼少期から使っている言葉の置き換えが難しい」という問題に直面した。「がおる」はいつでも「がおる」でしかないのだ。
今年もまだ梅雨なのに、夏のような気候が続く。これは今年も今時期から「がおって」しまいそうだ。
夏のはたけ