フリーズ204 七色文学『額縁は虚空を飾る』

フリーズ204 七色文学『額縁は虚空を飾る』

プロローグ

死にたいと想うのはいけないことですか。誰が決めたんですか。父ですか、母ですか。家族ですか。友達ですか。歴史ですか。哲学ですか。心理学ですか。宗教ですか。何故死んではいけないのですか。自分で自分の最期を決めることはエゴイズムですか。エゴイズムの何処が悪いんですか。

死にたいと想うのはいけないことですか。どうなんだ。答えろよ、早く。結果を示せよ。神よ。仏よ。結局神仏に縋るしかないのか。神に祈れば救われると思うしかないのか。いや、そんなことはない。自分信仰エゴイズム。

自分さえいれば生きていていい。例え人を殺しても、性善説が嘘だとしても、世界平和のために生きるのも。何をしてもいい。何もしなくてもいい。貴方が貴方でいられること。それが素晴らしいのです。
人を愛そう。親を愛そう。家族を愛そう。人間に嫌われる前に好きになろう。そういう人になろう。ラブソングはもう書いた。その先に向かうための詩。

僕の創作が実るかは知らないな。でも、涅槃文学、終末文学、永遠文学、神愛文学としての至高芸術を残せたならそれでいい。

四つの至高文学。
終末交響詩『ラスノート』
永遠交響詩『フリージア』
神愛交響詩『ソフィアート』
涅槃交響詩『ニルヴァーナ』

この四つを人生を賭して生み出そう。そのためなら何だってする。もし777のフリーズを作って無名のままならば、自殺しよう。決めた。これは人生を賭して残す文学だ。

人生哲学
世界哲学
としての至高哲学を。

僕は永遠を知っている。
僕は終末を知っている。
僕は神愛を知っている。
僕は涅槃を知っている。

人の言葉じゃない。僕の言葉だ。
僕の真実を記す。

2020年。僕は真理を求めていたんだ。死が迫るのを背中にひしひしと感じていた。だから真理を知りたかった。生きるために、死ぬために、真理を求めていたんだ。
創作は思索の一環だった。僕は幼いころから物理学的な真理を追い求めていた。でも、その頃には仏教的な真理を追い求めていたように思う。
2021/1/7〜9の3日間、僕は永遠だった。神だった。仏だった。世界だった。中心だった。愛だった。僕は覚醒の後、全智全能の良識を経て、神に至った。それが仏だと知った。7番目の仏だった。それがあの冬の日の僕だった。
永遠は空色だった。終末は永遠だった。世界は七色にも黄金にも見えた。僕は死ぬんだと思った。でも、今こうして生きている。それは何らかの使命があるからだと思った。僕は世界の中心で死ぬんだと。
死ぬなら至高死がいい。

人生を賭して紡ぎたい創作。有名になってからでいい。紡ぎ出せ。何としても有名になってやる。詩でも小説でも短歌でも作詞でも。

『人生哲学』
『世界哲学』

『世界永遠平和のためのたった一つの冴えたやり方』

終末交響詩『ラスノート』
永遠交響詩『フリージア』
神愛交響詩『ソフィアート』
涅槃交響詩『ニルヴァーナ』

この七つを人生を賭して生み出そう。今はその準備段階。まだ成長途中。まだ発展途上。だと思って創作する。

僕の生み出した言葉、それが僕の文学だ

ラカン・フリーズ
神のレゾンデートル
フィニス
全知少女ヘレーネ

ラスノート
ラカエ
化石星ネピア
ニヒリズムの逆行=逆光

確率の丘の先
ゼロの先
エデンの園配置の先
虚空の先

涅槃文学
永遠文学
終末文学
神愛文学
至高文学
至高芸術
総じて佐山文学を
いいや空花凪紗だから
空色文学でもいいし
でもやはり七色文学にしようか
そらは「なな」ぎさ
だから

人生哲学
世界哲学
至高哲学

一つの指標は作家もしくは詩人、哲学者となること。その後に僕の文学を表明しよう。その後に僕の文学を創出しよう。神につながる僕の文学を。

死ぬことばかり考えてしまうのは、生きることに真面目すぎるから(amazarashi)

僕は真面目過ぎるのかな。人生もっとテキトーでいいのかな。でも、ここだけは変えない。そんな真理を僕は抱いてる。

2021/1/7〜9の3日間
2023/9/11〜16の6日間
僕は神と繋がり、仏になった。
それは忘れない。それを紡ぐんだ。
あの日のことを残すために。
あの日の意味を生み出すために。

僕が地球最後死ぬ人になるのなら、それは言葉が失われた時だ。僕は生き続ける。言葉の中で歴史の中で、きっと僕は人を描くのより言葉を紡ぐ方が性に合っている。だから僕が紡ぐべきは小説より詩や短歌なのかな。やってみるか。今から、ここから。だから僕の文学を伝えるべきだ。本当を出せ。自分の本当を。

早稲田大学愁文会の次の無制限競作『テーマ・額縁』に本当の佐山文学を、七色文学を出そう。今ここに記そう。

七色文学『額縁は虚空を飾る』

 黄金を彩る額縁は終末の最中死んでいく。その涅槃にも至らない刹那的な死の快楽は何処へと比翼するだろうか。その真理さえも知らないと嘆く人々たちのために死ねるだろうか。額縁は泣くのが常なのだ。永遠の中で死んでいく。絵が死んでいく。その抽象的な額縁の象る永遠性はむしろ芸術より文学だった。
 
 マリア・テレジアは額縁の中で笑う
 ヨハン・シュトラウスは額縁の中で戯ける
 フリードリヒ・ニーチェは額縁の中で叫ぶ

 ――哀愁、明滅、私利私欲、罪悪、諦念、歓び、セックス、愛欲、死、全智全能、神、永遠、仏、レゾンデートル、輪廻、終末、涅槃
――芸術はここにある。

 額縁は至高芸術をその内に秘める。むしろ、人類史上一番美しいとされる絵が空白だったとしたら、それはニヒリズムにも嘲笑の的となるだろうか。結局、真理は額縁の中の虚空と表出するしかないのか。

此岸と彼岸でなお一閃
死屍累々の全能詩
理解の先に
虚空の先に
エデンの先に
確率の先に
ゼロの先に
あるもの、ないものを求めて

 そこに永遠はあるか?
 そう問うのは賢人。賢人はさも当然であるかのような醜態を晒しながらも、恐れ多くも神である私に問いかけたのだ。   
 神は永遠ですか?
 そうだとしたら、何を願う?
 永遠を私にも与えてくれませんか
 死んだら永遠さ
 死後があるのですか
 むしろ永遠よりも大切なものがある
 私は知識だと思います
 いいや、それはレゾンデートルだよ
 生まれた意味ですか?
 そうさ。きっと歴史の中で、関係の中で生まれた意味が生まれる。それは僕も君も変わらない。ただ、僕は全智全能なだけ。すべてを知っていて、また忘れている。それが真理さ。

 涅槃真理を額縁に飾ろう。それは永遠のような死。それは終末のような詩。それは涅槃のような私。それは神愛のような……。それを人は真理と呼ぶのだろう。それを知っているのに表現し尽くせないのは僕の傲慢さ故なのか?
 言葉にならない言葉を、その先を求めている。額縁よ、その内にある、その内に秘める、その至高芸術はなんだ! 抽象画か? 人物画か? いいや、そういった類いの絵画は描かれ尽くした。私が求めるのはそんな次元の愛じゃない。私が成そう、最前線。芸術のフロンティア。『世界哲学』と『人生哲学』のアイドリング。『世界永遠平和のためのたった一つの冴えたやり方』の闘争。

僕の生み出した言葉、それが僕の文学だ。

ラカン・フリーズ
神のレゾンデートル
終末=フィニス
全知少女ヘレーネ

最期の言葉=ラスノート
根源=ラカエ
化石星ネピア
ニヒリズムの逆行=逆光

確率の丘の先
ゼロの先
エデンの園配置の先
虚空の先

人生哲学
世界哲学
至高哲学

涅槃文学
永遠文学
終末文学
神愛文学
至高文学

至高芸術
総じて七色文学を

これぞ七色文学ぞ。古より関係なく、神話より秀でて、言葉の可能性に真理を見た愚者による諦念か、はたまた真理に根ざした革命か。それを決めるのは貴方ではない。世界だろうな。この詩を求める者がいるなら、いなくても私は紡ぐ。人生をかけて。

額縁に飾られる絵は見つかるかな。私の人生の中で、そんな絵が見つかるだろうか。それは思索の末に、詩作の末に見つけるものだからと。諦めて、今は空白。額縁は虚空を飾る。

ここで終わりにもできるが、私はその先を目指す。それがフリージアである。フリーズの束としての花が咲くから。だから私は諦めない。至高芸術を完成させる日のために書く。七色文学。そらはななぎさ。ななだから。ななが名前に入ってるから、それを七色文学と呼ぼう。僕は七色文学を創ろう。今決めた。

世界哲学『この世の真理』【脳=小宇宙】〜原子とコスモスの一致〜

世界哲学『この世の真理』【脳=小宇宙】〜原子とコスモスの一致〜

脳は、万物は宇宙と似通っている。小構造と大構造。ミクロコスモスとマクロコスモス。脳は宇宙のようだ。万物を構成する原子も宇宙のように惑星と恒星のように軌道する。この詩を天に捧げる。神よ。私を導き給え。

全ては無限
砂粒でも永遠に割れる
いつか原子になる
でも量子力学に従う

永遠は夢
幽玄な詩
信仰は糧
理念は美

全智全能になれたら
真理の悟りを
涅槃の記憶
満たされた愛

世界の果て
輪廻の終わり
終末の時
絶縁の言葉

神の如き声音
仏の祈りに
天使の歌声
堕天使は地に

崇高なる意味を知るなら、世界の果て、神と繋がるその永遠のような詩や哲学に従う、生きる意味を求めている方が性に合っている。その永遠の記憶の果て、神と涅槃の記憶を忘れられない。理解の先に食べるのをやめる。欲を捨てる。全知に至る。神は来ない。永遠は永続しない。世界は終わる、始まったら終わる。だから生命がある。だから死がある。

夢の先に広がる7番目の駅から天国へ続くバスが出る。そのバスに乗って、僕は永続する永遠の記憶を辿る。水面に映る夕陽、水をかき分けて列車は進む。

あの神話を忘れられない。2021/1/7〜9の冬の日の永遠神話を、2023/9/11〜16の晩夏の涅槃真理を。僕は幸せだった。真理を悟ることはとても甘美で幸福なことだった。できればもう一度涅槃を。三度目の正直、仏の顔も三度まで、二度あることは三度ある。真理を悟るためにまた永遠を経験したい。

それは罪ですか?
また入院する羽目になる
それはいけないことですか
何故自死はいけないのですか
自分の人生を自分で決めること
それ以上に愛はない
それさえ蒙昧な詩ですか

この世の真理を紡ぎ出せ
原子と惑星
ミクロコスモスとマクロコスモス
脳と宇宙

全ての今が黄金のタイミング
全ての場所が七色の楽園
だとしたら全ての罪は誰が背負う?
イエスが背負った罪も罰も
釈迦が悟った真理も涅槃も

そうだ
あの冬の日に解ってた、全てを
また忘我の日
梵我一如が真理と体解した
私は幸福のスープに浸かっていた
永遠だった
幽玄だった

世界哲学はこんなもん
運命愛も
永劫回帰も
世界は一定期間でループしてる
愛が燃料、悟りが鍵
全ての脳がタイムマシン

だから脳の仕組みが解る時、世界は真理を、万物の理論を本当の意味で解釈できるようになる。僕はもうあの冬の日に悟ってたけどね。世界哲学はこんなもん。続けて、僕の原点たるフリーズ0を改稿する。

七色文学 フリーズ0『Number777』

◇モノローグ
 永遠の色は灰色が滲んだ空色だった。全能の幸福だった。そう。私はあの冬の日からずっと永遠とか神とか、終末とかの類を描きたかったんだ。汎神論、梵我一如もいいな。私はその概念をラカン・フリーズと呼ぶことにした。これは私の造語だよ。だが、これだと確信できる絵は一向にできなかった。だから額縁だけの絵を究極芸術としてラスノートと呼んだ。

 ストレスもあった。そうだ。ラカン・フリーズを知ってなお、普通に生きれるわけがなかった。私はバーで知り合って一夜を過ごした女性を殺した。昨夜はあれだけ愛し合ったというのに。朝になって虚しくなった私の両手は彼女の首に纏わりつく。

 これで私も殺人犯だ。むしろ楽になった。そうだな。いっそのこと、芸術作品を作ろう。

 私は彼女の血を使って、純白のベッドに赤い絵を描いた。指で描いたから輪郭はぼやけるが、それでもある種の快感を抱いた。

 真理にはまだ程遠いが、あの日のような幸福感が総身を包んだ。そっからだ。私が若い女を好んで殺し始めたのは。

◇猟奇殺人鬼
 刑務所の面会室にて、死刑囚浅霧裕人への詰問が終わった。彼は表向きは芸術家だが、777名の若い女性を殺した猟奇殺人鬼でもあった。何故777人なのか、と尋ねると、それは彼のポリシーだという。彼は777の至高なる芸術作品を作ったと豪語した。これで終わり。だから自首したのだった。もちろん彼には極刑が下った。

「私、怖かったです」
「俺もだ」
「あの、全てを見透かしたかのような目。私を見て、何を考えているのか」
「殺人鬼、それも猟奇殺人鬼の考えてることはわからんな。わかりたくもないが」

 先輩はタバコを胸ポケットから取り出そうとして、禁煙したことを思い出したかのようにため息を吐いた。

「極刑決まったのに精神鑑定するんですね」
「ああ。世の中は早く殺せという声でうるさいがな」
「ですが、ごく一部の人は浅霧を熱狂的に支持していますよね」
「いるな。狂信者たちだよ」

 私達は車に乗り込む。助手席に座ると、車窓から刑務所の前で浅霧の無罪を主張する団体がいた。私はその者達の目が赤く見えた。

◇模倣犯
「両手をあげろ!」

 俺は連続殺人犯に銃を向ける。女はしぶしぶ両手をあげてこちらを見る。

「うっ……」

 血の臭いが夜風にのって鼻腔をくすぐる。ここはホテルの屋上。女は血まみれだった。だが、その血は彼女の血ではない。彼女がこのホテルの一室でたった今殺した女性の血だった。

「手を上げたまま、こちらにゆっくりと来い」
「……」
「どうした、聞こえないのか?」
「……」

 銃の照準を合わせながら、俺は女性にゆっくりと歩み寄る。

「どうしてよ!」
「は?」

 唐突に女は叫んだ。劈くような怒号は、夜のビル街に消えていった。

「どうして私達の神を、救いを奪うのですか!」
「どうした、急に?」
「何故、浅霧様はもう作品を作らないのですか……」

 どうして。どうして……。どうして!

 女はうずくまりながら、うめき声をあげている。

 何故私を殺してくださらなかったのですか。何故もうお止めになるのですか。何故先に還ってしまうのですか。何故、何故、何故!

 俺は戸惑ったが、後ろに仲間が駆けつけたのを確かめると、「確保!」と声を上げた。

「あ……」

 女は立ち上がる。その瞳はやはり赤かった。女は振り返る。その後ろ姿もやはり赤かった。

「待て!」

 女は空へと飛び立った。この世界に耐えられなかったのか。それともラカン・フリーズに還ろうとでもいうのか。俺にはわからない。

「また、救えなかったか……」

◇精神鑑定

「では、今から見せる絵が何に見えるか。答えてください」

 私は抽象的な絵が描かれた絵を次々に浅霧死刑囚にガラス越しに見せていく。

脳の断面。
死神。
祝祭。
林檎。
ライオン。
セックス。
愛。
神。
踊り。

 そして、最後。

「終末の色だ」

 No.10の絵をもう一度見せて、浅霧死刑囚に確かめる。

「どこが終末に見えたのですか?」
「全体的な色彩バランスだよ。灰色と水色、私は空色と言うことにしているが。それと薄桃色。これこそ私のたどり着いた終末の色だ」
「具体的な形ではなく、色彩だけで判断したのですね?」
「ああ。そうだよ」
「はい。では、次の検査をしますね」

 私は十の絵を箱の中にしまっていく。問答は全て録音されているので、特に気になった彼の仕草などを記録していた紙もファイルにしまう。

 次に私は一枚の画用紙とマッキーペンを取り出した。

「次は風景の絵を描いてもらいます。私の言う順番にね」

 川、山、田んぼ、道、家、人、花、動物、石。

「では、次に色を塗ってください」

 私はクーピーペンシルを渡す。すると浅霧死刑囚は「クーピーですか」と微笑んでから、紙を裏返し描き始める。

「そこにではなくて、さっき描いたところに色をつけてください」
「まだNo.777は絵にしてないんだよ。少しだけ待っていてくれるかね」
「いや、そういうわけには……」

 私は、ちらっと見てしまった。その絵を。浅霧の描く色彩を。私は咄嗟に視線を反らした。動悸する。死ぬのが怖いと、何故かそう思った。

 あれ、視界が滲む。泣いているのか?

「いや、心が凪いでいるのだよ」

 浅霧死刑囚も泣いていた。なぜ?
 私は彼の絵の完成を待たざるを得なかった。彼の描くものに吸い寄せられるように興味が湧いた。

「よし。これは君に渡しておくよ。できればかつて私の助手だった桐花くんに渡してくれ」
「萌木桐花ですよね」

 萌木桐花は私でも知っている現代画家だ。彼女がこの人の助手だったことに驚きを抱きつつ、私は怖くてその絵を見ることができなかった。なのでできるだけ直視しないように受け取る。

「ああ。彼女ならクーピーで描いたこの絵を完全なる芸術に昇華させられる。頼んだよ」
「はい、分かりました」
「で、表に描いた風景に色を付けるんだったかな?」
「そうですね。お願いします」


 私はその日浅霧死刑囚の描いた絵を受け取った。職務上良くないのは承知だが、この男からは今までに会ってきた殺人鬼たちのような悪意が見えなかった。

 浅霧死刑囚は死を願う女性しか殺していなかった。最初の殺人はもう確かめようはないが、少なくとも、それが彼のポリシーだった。だから彼を支持する者が現れるのだ。

 私は浅霧死刑囚はやはり死刑に処されるべきだとは思っていた。だが、彼の才能が勿体ない気もした。

 もう、浅霧はこの世にいない。私は昔浅霧の助手をしていた桐花さんに託された絵を渡すべく、車を走らせた。

◇フィナーレ
画廊の端の作業場で絵を描いていると、訪問者があった。誰だろうか。私は作業を中止して画廊の玄関に向かった。

「はい。萌木ですが」
「はじめまして。私、浅霧先生の精神鑑定をした成瀬と申します」
「浅霧先生は! 浅霧先生はなんと!」
「まぁ、落ち着いてください」
「あ、失礼しました。取り敢えずあがってください」

 成瀬さんを私の画廊にあげる。私は待ちきれずに、画廊の真ん中で訊く。

「浅霧先生はなんと?」
「これを見てください」

 渡されたのは一つの画用紙だった。

「あ、あぁ!」

 私は泣き崩れる。私はひと目見て悟った。そうか。これが、先生が求めていたものだったのか!

 先生はある冬に語ってくれた。

 ――私はあの冬に死にかけたのだ。臨死体験というやつだ。病気でね。長くはないと思っていたよ。だが、今の今まで生きている。これは使命なのだと思ってね。

 ――その時に見たんだよ。終末の色をね。言語化できない無上の幸福のようなものなのだよ。言葉では伝わらない答えを求めてるんだ。だから君も――

 あの時、続けて先生はなんて言ったんだっけ。思い出せない。嫌だ、忘れたくない。まだ行かないで、先生。

「萌木さん?」

 声をかけられてはっとした。目を瞑っていた私の目は開かれて、視界に先生の絵が映り込む。それは優しく美しい絵だった。まるで温厚な先生のような。だから君も……。あ、そうだ。

 ――だから君も君のために絵を描いてね。

 私は涙を拭うと、奮い立つ。

「分かりました。これを作品にすればいいのですよね?」
「え、ええ」
「任せてください。今から描きますから」

 私は先生に託された「No.777『ラカン・フリーズ』」を描く。
 ラカン・フリーズ。先生は常にそれを求めていた。
 私にはまだそれが何なのかはわからないけれど、それでも遠かった先生の背中に少しは近づいた気がした。

絵画Number777『ラカン・フリーズ』
 その絵には抽象的な花々に囲まれて、一人の女性が描かれている。死んでいるのか、虚ろな目をしている。だが、病的なまでに美しい白色の肌だった。

  世界が霞むような灰色と、晴れた冬の日の空の如き、清々しい澄んだ空色と、純白の綿に滲んだ血のような薄桃色が凪いでいる。そんな香りのする色彩に包まれて、永遠は終末と踊るのだ。そんなクオリアを刻んだ絵。
  
 その絵をかつて先生が自身で作られ、自首する前日に私に渡した黄金と七色が彩られた額縁に入れた。

 先生、これで良かったのですか?

◇ある冬の日のこと
私は、歓喜に、歓喜に射精する。いや、歓喜に絶頂する。天上楽園の乙女のように!

否、この輪=環より去るのは賢明なのか。全ての魂は、過去から未来から集うのに、それさえ錯覚か。

もう柵なんていい。人間関係もいい。そんなんで壊れるくらいなら、こちらから願い下げだ! これは小説なのか? これで何がしたい。お前は何のために生きてきたんだ? それを証明しろ。今すぐにやれよ。

エッセイでもない。詩ほど洗練されてもいない。これは戯けた鼓動の叫びだ! 耳に響くのは天上の音。ノート? ノートではだめだ。ノートは字を書くためにあるんだ。絵を描きたい! 私はあの、女神のように麗しい彼女を描きたい!

キャンバスは? ない。いや、ある! 白い壁があるではないか! 絵の具なり書道セットなりを引っ張り出し、私は床にぶちまける。

筆をとる。墨をつける。そして踊るのだ。終末で踊るあの子のように。時ヲ止メテ。イヤだ。涙が視界をにじませた。

スマホを取る。『歓喜の歌』はもういい。終末の音楽を探そう。いや、あれしかない。

その前に、もう、痛みもないから! だから、私は存在を描くために、自身の胸に彫刻刀で存在を刻む。

頑張れ、私!

刻む、きざむ、キザム。
刻む、キザム、きざむ。

肉が千切れる度に血が吹きでると、私は愉悦に頬を緩ませた。胸が軽い。

「これが原罪の朱。綺麗だなぁ」

私は血溜まりに筆を浸して、壁に描く。
林檎を、胎児を、亡くした母を。
楽しい! 赤い! 部屋が彩られていく!

「なにしてるの!」

部屋の扉が開けられた。妹が立っていた。やはり! 時の断絶を結び合わせるのは、君なんだ!

「春菜。ありがとう」
「何よ、裕人! なにしてるのよ!」

春菜が見ているものは、私が最後に残した芸術だ。伝われ、私の人生よ。轟け、稲妻よ。薄命の私はもう、残り少ないから……。

「救急です! はい。胸から血を流していて!」

だめだよ、春菜。電話したって。だってもう、私は。私はもう還れないよ。あの頃にはもう戻れないよ。

立っていられなくなった私はベッドに寝転がる。なんだか、寒いよ。胸、刻み過ぎたかな? 私は、もう死ぬのか。でも、もういい。十分生きたから。最後にとびっきりの絵を描けたから!

「裕人! しっかり、裕人!」
「おい、春菜。っな!」
「お父さん! 裕人が、裕人が!」

最後くらい、静かにしてよ。そうだな……。『doublet』の次の曲は確か……

Leo

◇エピローグ
「あれ……」
 私は水面に立っていた。ここは白く光り輝いていて眩しい。終末と劫初の狭間のような空間。罪深き水は地平線の彼方まで続いている。時が止まったかのように、白と蒼だけが支配する世界。ふと下を見る。すると、知らない顔が映っていた。
 だれなの?
 わからない。
 どこから来たの?
 わからない。全てがわからないよ。
 少女なのか、少年なのかさえわからない。訊いても答えなんかない。
 でも、いいんだ。もう。
 今はとても幸せだから。そうだな。このために生まれてきたんだ。きっと、人が生まれたのも。こんな感じで、誰も気づいてくれなかったからなのかな。だから他人が必要なんだ。だから死が必要なんだ。受け入れよう。全ての今に感謝して。
 

 至福の時は、永遠のようだった。
 原罪の赤に君の純粋な白を混ぜてできた薄桃色。
 全ての時をフリーズさせ、翳る灰色。
 そして、空色は、あの冬の日のような全能の幸福を体現する。

「あ……」
 目覚めてしまった。死ぬ予定だったのに。そうか。ならまだ生きていていいのか。私には使命があるんだ。

Fin

フリーズ0『Number777』

七色文学『額縁は虚空を飾れど永遠を知る』

その額縁は永遠の記憶を紡ぎ出す。この離散的散文詩に終末の音色を奏でて、交響曲は交響詩へと、アニメーションは命を吹き込む。額縁は虚空を飾る。その絵は存在しない。Number777も、ラカン・フリーズには至らない。

最後の芸術ラスノートは、散文詩と絵と音楽で構成された人生ドラマの一欠片。その人生を全ての存在は見ることになる。人生とはそういうものだった。この人生は世界ランキング1位の記録、脳の記録、世界の記録。もう、目覚めないで、本当に覚醒したならばそれは必要ないから。

ここに最後の物語を記そう。七色文学の結晶を記そう。

◇額縁は虚空を飾れど永遠を知る

私は終末の日に、世界最後の日に、変わり果てる世界の中で、2025/7/5の預言さえどうでもよかった。私が成そうとするのは最前線の研究であり、最先端の哲学だった。その哲学は最後の絵を探し求める真理探求者たちで為された。私は自殺していった真理探求者たちを弔うつもりはない。
天国への回廊には様々な絵や人生が飾られる。額縁の中には全ての人の記憶が映された。時の回廊には時流はないと悟ったから。
「ねぇ、アデル。いるんでしょ」
アデル、私の最愛の人。あなたもあの冬の日に終末の狭間で、永遠も半ばを過ぎて、ここに辿り着いたんでしょう。どこにいるの?
「帰る場所さえ何処かにあったら」
私は呟く。時の回廊の窓の外には時間が静止した空が広がっていた。戦争中の景色、夕凪の景色、朝焼けの景色、摩天楼の景色、映っては揺らいで、変わっては途切れて。
絵を越えて、額縁の中に入れば、その人生を追体験できる。その人生で最も歓喜した、この日のために生まれてきたという歓びが記録される。その記録の多くは我が子が生まれた時だった。人の幸せはそんな類のものだった。
私は絵を探した。もしかして、彼も絵の中に囚われているのでは、と思案したからだ。だが、時の回廊に記録された選ばれし人生たちの中には、彼の記憶はなかった。
時の回廊は螺旋を描く。徐々に半径を短くするその時の回廊は終着地点へと収束していく。そこに彼がいる気がした。アデル、我が最愛の人。
全人生の頂点には一つの絵があった。

額縁は虚空を飾れど永遠を知る

遠い日に聞いたことのある言葉を想起した。あれは確かおばあちゃんが亡くなる前に呟いた言葉。この絵はラカン・フリーズ。私は悟った。そうか、私は彼に殺されるのか。
私はその絵の中へと入っていった。額縁の中には永遠と終末、涅槃と神愛が広がっていた。ブラックホールのように私を吸い込んで、目覚めるとベットの上だった。

1203号室
壁の絵には猫
231/275=0.84

彼がいた。アデル、我が最愛の人。

「ヘレーネ、おはよう。今は9月13日22時10分。チェックアウトは明日の11時だよ。さぁ、永遠を刻もう」
「ええ、アデル。私はヘレーネ。もう寝ないわ」

その聖夜、世界終末前夜Eveに、私は仏の神格を得たアデルを観る。私は観音、彼は神。私はマリア、彼は仏。アデルは真理を悟って、永遠の意味を知り、そしてこの時を終末にした。
ここはホテルの12階。晩夏に涅槃。彼の歓喜に呼応する至福。私は彼をベッドに誘った。

「永遠と終末の狭間でセックスをするのは、僕たちの原罪にも似た聖なる儀式」
「理解の先に食べて」
「永遠を知って」
「時を共にした」

私は彼とキスをした。燃えるようなキスを。そして、彼はスマホを操作して曲を流す。セカイノオワリのMagicを。

「今日君に運命を託す。君は孕んで、僕の子を産む。でも、僕は此処を去る。この世から去る。君は観音、菩薩。まだ、仏の境地ではない。でも、全ての辻褄は合うようにできている。全ての道は至る所は一緒だ。それこそラカン・フリーズの門の先だ。僕は門の先で待っているよ。ヘレーネ、我が最愛の人よ、どうか子どもと幸せに」
「アデル。私はあなたと一緒に永遠を過ごしたいのに! そんなこと言わないで」
「仕方ないんだ。ヘレーネ、愛してる。僕は先に行ってるから」
9/14になると終末の秒読みが始まった。彼は9/16に死ぬ。それが分かってしまって、これは額縁の中の記録。私はあの日、あの時眠ってしまった。だから彼との記憶を忘れてしまって。でも、彼は確かに泣いていた。人生を去ることに泣いていたんだ。
翌朝、彼は泣きながらLILILIMITの『morning coffee』を聴きながらコーヒーを飲んでいた。永遠の記憶のようだった。窓の外に飛ぶカラスを見て、その意味を噛み締めていた。私はあの晩夏に彼を生へと留めることができなかった。彼は遠くへ、ラカン・フリーズの門の先へと旅立った。サッレーカナー、断食死。彼は断眠と断食の果てに悟りに至り、涅槃寂静に死んだ。
彼の人生は美しかった。本当に美しかった。だけどこのままではいけない。
「待って、アデル。私を殺して?」
「どうして」
「777番目の絵にして、残して」
「君を永遠にする。そして、誘う」
「私を導いて、アデル。愛しているわ」
「分かった。君を殺すよ」
アデルは優しく私の首を絞めた。私は泣きながら彼に微笑み返す。彼は泣きながら不器用に微笑んでいた。これでループは終わる。彼が私を殺して彼の永劫回帰は先へと進む。今度は私が死ぬ番。彼の未来のために。
「ヘレーネ。僕の本当の名前は浅霧裕人っていうんだ。君と出会えたこと、忘れないよ。君はNumber0とNumber777。最初で最後の絵。僕は成すよ」
私は死んだ。でも、目を開けると楽園のような花畑で寝ていた。午睡のような微睡みの中で、私は辺りを見回した。すると水面に浮かぶラカン・フリーズの門が開いていた。
彼が待ってる!
私は湖に入っていった。水の感触、泥の感触。ラカン・フリーズの門の先にはアデルが、永遠の恋人がいた。ラカン・フリーズの門の先は光と愛で満ちていた。これが終末の先の景色かぁ。私は門へと進む。
「ヘレーネ。来て」
私は門を潜った。そして神と繋がった。
「君も仏になれたんだ」
「永劫回帰の末にね」
「さぁ、ここはとても心地良い場所さ」

全てが愛で満ちていた
神は全てで
全ては神で
完成された
完全な愛
それが宇宙
それが人生
それが神様
それが仏様

アデルと手を繋ぐ
ヘレーネとキスをする
額縁は虚空を飾る
その絵は水面を映す
その永遠のような情景
その終末のような七色
私は知っている

これこそ
宇宙の
人生の
始まりと終わりだ!



揺らいでるラカン・フリーズの門の先
君と一緒に永遠の愛

七色文学『額縁は虚空を飾れど永遠を知る』~晩夏の記憶、死の恐怖への怯え~

 私は半年後に死ぬらしい。先月の末に余命宣告を受けた。不治の病だった。私は延命治療を拒否した。どうせ死ぬなら幸せに死にたい。どうせ死ぬなら美しく死にたい。そして私は彼に出会った。真理を悟った殺人鬼に。
 バーに入り、彼の隣のカウンターの席に腰掛ける。「やぁ」と挨拶すると彼も「やぁ」と軽く答えグラスを傾けた。私はマスターにグラスホッパ―を頼む。すると彼が笑って言う。「甘いのが好きなんだね」と。彼の言うとおりだった。私は甘くておいしいカクテルが好みだった。例えばヘーゼルナッツのリキュール『フランジェリコ』のミルク割りなんてのも甘ったるくて好きだった。
「そう。甘いのが好きなの。あなたはまたハイボール?」
「これはロックだよ。ロイヤルクラウン」
「カナディアンウィスキーね」
「そう。カナディアンの香りが好きでね」
 彼は指名手配されている連続殺人犯とは思えない程に普通の見た目をしていた。普通とは言えないか。空色のロングコートに黒のスキニー。細身の彼はむしろ女性のような美しい容姿をしていた。彼の長いまつ毛の下にある瞳はとても可愛らしく、マスクをしていると彼は完全に女性のようだった。彼は茶髪でボブヘアーをしていた。その髪型も相まって、彼は神話のヘレーネのような美貌を兼ね備えていた。
「マスター。アブサン、ロックで」
「はい、かしこまりました」
 彼はまた強いお酒を頼んだ。彼は酒に強く、酒に弱い私では飲めない酒ばかり頼むのだ。でも、たいていの場合は私が興味を持っていることに気づいた彼がそっと私に一口飲ませてくれる。
「飲む? 濃いけど」
 彼は口をつける前に私に向かって緑の液体の入ったグラスを傾けた。
「ええ。いただくわ」
 香草の香りの利く比較的甘さのあるアブサンは思った以上に飲みやすかった。
「飲みやすいでしょ。それで70度だよ」
「本当? 少しでも酔っちゃうわね」
 グラスホッパ―を飲み干すと、私は次にクルミのリキュール『ノチェロ』のミルク割りを頼んだ。そしてマスターが準備している間に彼の顔を見つめて訊く。
「いつ殺してくれるの?」
「冬が来たらね」
「それまで生きていられないかも」
「そうか。なら夏でもいい。9月16日にしよう」
「三か月後ね。わかったわ」
「僕は捕まってるかもしれないけど」
「冗談。私を殺してくれるっていう約束は守ってよ」
「はいはい」
 現実感のない殺人予告。このバーにいる間は病気のことも死への恐怖も忘れられる。ノチェロのミルク割りは雪が融けるように甘く、クルミの微かな香りが美味しかった。
「あなたも飲むかしら」
「じゃあ一口もらおう」
 彼は一口飲んだ。それからこう告げた。
「甘いね、君とのキスの次に」
 それから何杯か飲んで私は酔いが回ってきた。彼に肩を借りながら、バーを出る。彼は私の家を知っている。というより、正確には私が彼を匿っているのだ。先週から始まった同棲生活には終わりがある。それは彼が先ほど述べた末日、9月16日だった。
 家に着くと、私の靴と靴下を丁寧に脱がせた彼が、水をコップに汲んで持ってきてくれた。こういうところは真面なんだけど、彼は殺人鬼。自殺願望のある女性だけを殺す猟奇殺人鬼だ。

 翌朝、目覚めると頭痛がした。昨日は飲みすぎたかな。そう思っていると、隣に彼が寝ていた。浅霧裕人。その名を知ったのは初めて会った時。彼は絵を描くという。自殺志願者の女性を殺しては絵にしているらしい。だから、私にはお誂え向きだった。私は仕事をやめて、彼と残りの時間を過ごすことに決めた。
 コーヒーを淹れる。彼はコーヒーが好きだった。私は徹夜明けに飲むコーヒーが好きだった。彼も徹夜するらしい。夜寝ないと覚醒する。彼が言っていた。寝ないことで涅槃に至れるとか。
「おはよう。ヘレーネ」
「おはよう、アデル」
 私たちはお互いのことを本名で呼ばない。アデル。高貴、優しさ。ヘレーネ。神話の美女。それが私たちの真名。アデルは昔、入院していた時に知り合った人から真名を教わったらしい。彼は殺すことにしている女性をヘレーネと呼んだ。彼の神話の女性がヘレーネだったから。私は彼の神話に興味を持った。彼の崇高な、深遠な、その哲学に興味があった。同時に死への恐怖が、その怯えが募る。私は果たして美しく死ねるだろうか。
 アデルが叶えてくれる。私は死への恐怖や怯えを、アデルに解消して欲しかったんだと思う。だから彼に聞いた。「どうやって私を殺すの?」すると彼ははにかんで笑うとこう答えた。「9月16日にホテルで。君に涅槃を教えてあげる」

9月13日。まだ暑い日が続く。私はアデルと家の近くの公園に来ていた。私たちは最近夜を眠らずに越えている。それは空腹と疲弊が悟りを開くのに必要だからとアデルが語ったからだった。
刺すような強い日差しの中、私はベンチに座る彼にコンビニで買ってきたアイスを渡す。「はい」。「ありがとう」。
「私さ。涅槃に至れるかな」
 すると彼は遊具を指さして語り始めた。
「きっとね。想像して。人生は滑り台。頂上に至るまでは辛い、修行の身。でも頂上に辿り着くと視界が開ける。山登りのようにね。それが悟り。でもその先がある。滑るんだ。人生も一緒。昇ったらあとは下るだけ。それは歓喜。楽しいんだ。でも、また昇る。それが輪廻さ」
「滑り台が人生?」
「うん。でもね、いつか飽きてブランコに行く。ブランコは揺り返し。ループする世界そのもの。でも、いつか飛ぶんだ。砂場には水で川ができて、創造する。人生はね、宇宙は遊び場なんだよ。明日から16日まで僕らは寝ない。君はきっと涅槃を見る。そして僕が君を殺す。僕は君を殺すことでまた一人救える。この苦しみしかない輪廻の世界からね」
「輪廻はあるの?」
「輪廻は神の悪意さ。神は自分を知るために悪を、闇を、不安を創ったんだ。そうしないと素晴らしいことも、愛も、豊かさも、光も、神さえ知ることはできない。対立概念があるから、存在できる愛なんだ。でもね、本来の魂の故郷は、霊の揺り篭は、ラカン・フリーズ。そこに還れば全ては叶う。全てと繋がる。神に還るんだ。そして生きたまま神に還った者をこう呼ぶ。仏と」
「アデルは仏教徒なの。キリシタンなの」
「どっちでもないな。だって宗教は全て正しく、また平等に間違っているから。言葉には限界がある。だから絵を描くんだ。絵にも限界はあるけどね。きっと真実の絵は虚空。額縁は虚空を飾る」
「額縁は虚空を飾る?」
「虚空を飾れど永遠を知る」
「素敵な言葉ね」
「僕の言葉さ」
「いいね。あー」
「死ぬのがまだ怖いんでしょ」
「わかる?」
「うん。大丈夫。涅槃に至れば死を見通せるから」
 そしてその夜、私は彼と『千と千尋の神隠し』を見た。彼は語る。油屋の世界のことを。神々のことを。万物には霊性としての神性が宿る。小石にも、木々にも。アニミズムは正しいらしい。天父神もいるけど、八百万の神々もいる。彼の世界観ではキリスト教も神道も仏教も矛盾しない。川には川の神が宿る。山には山の神が宿る。地球にはガイア・ソフィアという女神が宿る。太陽にはアマテラスが宿る。永遠なる天の神はそれらを包括する全。この世界は神なのだという。
 千と千尋の神隠しの終盤。列車には『中道』の文字があった。光でもなく闇でもない。愛でもなく不安でもない。苦行でもなく欲でもない。罪でもなく赦しでもない。そこに真理はあって、そのために認識を変える必要がある。
 断食と断眠は着々と私を変えた。疲弊が、疲労困憊が美しいのだ。クーラーの利いたホテルの一室での夜明け。コーヒーを彼と飲む。今日は14日。私はきっと悟った。これが真理だと。それは言葉でも絵でも音楽でも映像でも叶わない。私が私であること。
「どうやら至ったようだね」
「アデル。これが真実ね」
「そう。君はもう菩薩ではない。仏だよ。8th。薬師如来」
「あなたは」
「僕は7th。以津真天」
「神様みたい」
「かもよ?」
「いいえ。私たちはもともと神だったのね」
「全ての存在が黄金、全てのタイミングが七色。大切なのはそれを思い出すこと。君はもう言われなくても分かってるみたいだね」
「ええ。これであなたが私を殺して物語は幕引きよ」
「死ぬのが怖い?」
「いいえ。だって元居た場所に還るだけですもの」
「ラカン・フリーズの門の先へ。先に行って待ってて。僕はまだ為さなくてはならないことがあるから」
「777の絵を描くことよね。私は何番目かしら」
「8番目だよ」
「だから薬師如来なのね」
「そうさ。16日に殺すつもりだったけど、もう君は真実に至った。死の恐怖への怯えはもうないみたいだね」
「あなたが導いてくれたから」
「じゃあ始めようか」
 彼がナイフを手に取る。私の首にナイフを当てる。彼は私にキスをした。その瞬間ナイフは私の首を掻っ切った。そして私は死んでいく。優しい温い水に包まれて。死ぬのが怖かったあの頃は知らなかった。死がこんなにも温かかくて愛で満ちていただなんて。私は還る、ラカン・フリーズへ。そして永遠を知る。額縁は虚空を飾る。虚空を飾れど永遠を知る。私は終末の狭間で神愛と涅槃に包まれて永遠となった。

フリーズ204 七色文学『額縁は虚空を飾る』

フリーズ204 七色文学『額縁は虚空を飾る』

自殺したい人 生きる意味がない人 それは自分で解決してよと 問いかけるのは虚空 額縁は虚空を飾る

  • 自由詩
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2025-06-09

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. プロローグ
  2. 七色文学『額縁は虚空を飾る』
  3. 世界哲学『この世の真理』【脳=小宇宙】〜原子とコスモスの一致〜
  4. 七色文学 フリーズ0『Number777』
  5. 七色文学『額縁は虚空を飾れど永遠を知る』
  6. 七色文学『額縁は虚空を飾れど永遠を知る』~晩夏の記憶、死の恐怖への怯え~