みんなのアイドル


「いや、この処理は30msのタスクに割り付けないと周期が守れないよ?」
 私はソフト担当の来生君の回答に納得がいかず、つい詰問口調になってしまった。
「しかし……、30msタスクは処理が多すぎて処理時間がパンクしてしまいます。優先度の低い処理はアイドルに割り付けておかないと」
「じゃあ、もっと遅い周期のタスクを作って余裕のある処理はそっちに移すしかないか。とにかくアイドルに色々処理を置くのはダメだよ。実行するかどうかも特定できなくなるし、だいたいアイドルも処理でいっぱいでしょ?」
「わかりました。100msとかのタスクを追加して処理の割付を見直してみます」
 うん、そうしてと言いかけた瞬間、ポケットの携帯が呼び出し音を奏でる。
「はいもしもし? 春日です。今、NXRのソフトのレビュー中なんですが……わかりました今すぐ行きます。はいすみません」
「ゴメン来生君、ちょっと不具合あったみたいで試験場に行って来る。レビューの続きはまた明日でもいいかな?」
「わかりました」

 試験場へと向かった私は、試験スタッフ達を見つけると状況について尋ねた。
「あ、春日さん、これなんですけど……この処理の時の信号波形がおかしいでしょう? ほら、時々不規則になる」
「ああこれ、さっき似たような話を来生君としてたんだけど、多分、処理をアイドルに置いているんじゃないかな、だから伝送とかで割り込み処理が増えると遅れるんだと思う。ソフト屋さんに確認してみる」
 そしてまたポケットから響く呼び出し音。
「はい春日です。え? 通産奉行賞の表彰式のスピーチ原稿? ……いやまだです。ええ、空いた時間にやろうと思って……すみません」
 今それどころじゃねえんだよ、と悪態を付く間もなく再び呼び出し音。
「え? 何? RZSの見積もり? こないだやったばっかりでしょう。え? コストダウン提案? いやちょっと待ってくださいよ、前回提示の額は300台規模で発注するから単価抑えてって話だったじゃないですか。それを100台発注したところで、残り200台についてまた見積もれとかコストダウンとか、意味わかんないんですけど!? ……ええ……ああ、まあ今週中って急に言われて、はいそうですかってわけにはいかないですしね。わかりました、今回は前回の実績ベースでダウンはせずに、はい、わかりました」
 あああまた余計な仕事が増えた、とウンザリする間もなく、三度呼び出し音が……。嫌な予感ほど的中するものだ。
「あ、NSVの配線図ね、ごめんまだ上がってないんだ。うん、わかってる。ちょっといま立て込んでてさ、明日中には出図しておく予定。出図するときに連絡します。申し訳ない」

 さて、やっと机に戻って来た私は一息つく間に新たな割り込みが入ることを危惧し、早速ソフト屋を呼び出す。
「もしもし春日です。検見川さんいらっしゃいますか? ……ああ検見川さん? 今試験中のNRなんだけど、処理の割付について確認したくて。うん、そうそう、弁閉鎖信号が不規則に動くんですけど、これってアイドルに置いたりしてません? ああやっぱりそうか~、そりゃダメですよ。定時性が保証されないと制御的にまずいでしょう。ええ、え? 前から同じ? いやいや昔のことはどうでもいいですよ、今回のは少なくともダメです。え? 仕様書の改定……、えぇ~、あ~、はい、わかりましたすぐ書いて送りますから。じゃよろしくお願いしますね」
 ため息をついたところでまた呼び出し音が私を襲う。
「あ、楠田さん、ごぶさたしてます。ホッケンハイムはどうでした? ええ、ええ、ああそうなんですか、やっとCXVも動きだすんですね。やるぞやるぞと言われてアイドル状態が早や半年ですもんね。再来週に提案会? 朝霞で? またえらい急ですね。ええ、資料作るのがちょっと大変かな。まあなんとかしますが……はい、わかりました。」
 そして仕様書の改定を始め……ようとした私を襲う呼び出し音。
「はい春日です。はい、ええ、通産奉行賞……いや、ですから、それどころじ……いえ、とにかくもう少し待っていただけませんか?すみません」
 催促するなら手下くれ! 使える奴を! と叫びそうになるが、ぐっと堪えて缶コーヒーで一服する私。おお自販機よ、君だけが私を慰めてくれるのだ。
 しかし安息は長くは続かないのが世の常だ。
「いやいや、みんなのアイドルはモテモテで辛いっすねえ」 
 茶化すのは同期の岡崎だ。
「うるさい! 無駄口叩いてないで仕事しろ! 残業してるのが偉いなんて思うなよ!」

 結局、終日こんな調子で「空いた時間にやろう」と予定していた作業がまったく手につかず、夜は更けてゆくのであった……。

みんなのアイドル

みんなのアイドル

  • 小説
  • 掌編
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2025-05-09

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