鏡さん

鏡さん

 私の勤めている会社には、「鏡さん」というベテランの男性社員がいる。

 彼の本名は山田太郎で、鏡という漢字は一切使われていない。なのに私だけは前から彼のことをそう呼んでいた。

 鏡さんは人懐こい顔立ちで声がかけやすいタイプに見えるけど、じつは付き合う相手によって大きく態度を変える。

 性格の良い人と付き合えば天使のようなふるまいをするし、性格が悪い人の前では同じように性格が悪くなる。

 つまり性格の良い人は彼のことを「とても素敵な人」と褒めるし、性格の悪い人は彼を陰で指さして「あいつは最低」と言って悪態をつくのだ。

 そこで私は会社に新人さんが入ってきた時、まずは人格を見極めるために鏡さんの印象を聞くようにしていた。結果、彼を悪く言う人はそれと同じくらい性格が悪いのだろうし、逆に褒める人は信用できる良い人だということになった。

「ちょっと待った。そんなのはただの思い込みだろ?」

 男友達と飲んでいる時、彼が私に向かって言った。

 でも私はそのおかげで、今も人間関係のストレスを感じることなく、仕事を続けることができていた。

 得てして人間関係というものは、相手と関わって嫌な思いをしてから気づいても手遅れな場合が多い。そういう意味では関わることなく相手の本性が知れるなら、それに越したことはないというのが私の見解だった。

 無論、こんな話を社内の人にするわけにはいかない。それに私はお酒が入ると少々愚痴っぽくなるので、こうして旧友と会った時にだけ話しているわけだが。

「それで君は、鏡さんのことをどう思ってるんだい?」

 彼が何気なく聞いてきたので、私は日本酒をちびちびと飲みながら、酔った頭でこう答えた。

「あの人、どうも信用できないのよね。だって酒癖が悪いし、なんたって人によって態度を変えるような性格なんだから」

* * *

 なるほど。

 相手の心を映し出す人がいるなんて、途中までは作り話だと思って半信半疑で聞いていた。だけど彼女のことを昔からよく知る俺としては、その答えを聞いた以上、深く納得するしかないのだった。

鏡さん

最後まで読んでいただきまして、ありがとうございました。

鏡さん

3分で読めるショートショートです。 少し不思議な物語をお楽しみください。

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  • 全年齢対象
更新日
登録日
2025-05-05

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