すりこぎ合戦

すりこぎ合戦


 「平吉がとってくる茸汁はうまいな」
 秋になって、寺男の平吉が茸をたくさんとってくる。それもうま昧ものばかりだ。もちろん滑子や椎茸、時には舞茸なんぞもとってくるが、山の中にいくらでも生えている雑茸の中で、よく肥えた味のしまったいい茸を集めてくるところがすごい。同じように見える茸でも、見る人が見ればよく育っているか、弱々しいかすぐわかるようだ。もちまえの勘のよさだろう。
 秋になると、平吉は朝早くから裏山にはいって、塩漬けやぬか漬けにする茸、それに茸汁にする茸を採る。それを女房のオカメが漬けたり干したり、冬になっても使えるようにしておく。
 平吉の採ってくる茸がよいことはもちろんだが、オカメは汁作りの名人といわれている。それは他のところの汁とは比べものにならないほどおいしいと評判で、月に何度か開く、寺の精進料理の会では、秋は茸汁、春は山菜汁が目当ての客もいるほどである。
 和尚さんはそれを毎日食べることができてとても幸せなのだ。 
 今日も夕飯に茸汁がたっぷり用意された。それに炊き立ての飯に茸の味噌漬け。たまらない。茸を味噌に漬けるのはオカメの考えたことだ。畑でできたキュウリやナスもつけるが茸もそうする。オカメの作る味噌が格別なのだ。町から仕入れた大豆で毎年味噌を造っている。
 茸汁は茸を里芋や野菜類、こんにゃくなどと煮たものだが、この寺にはオカメだけがつくれる茸汁がある。夏に塩漬けにしておいた茸を使ってつくるものだが、茸を昆布や青野菜を一緒にしてスリコギですりつぶし、塩を少し入れて飲む冷やしたスープのようなものである。これが評判になり、山で仕事をする村人が、昼になると寺にきて、冷やし茸汁をもらって、持ってきた握り飯を食う。この冷やし茸汁はこれだけでも影響補給になると評判だった。もちろん、冷やし茸汁は売り物ではないが、村人は小銭をかならずお布施箱にいれていく。
 そういったこともあって、この寺は本妙寺というのだが、茸汁の寺と呼ばれ親しまれている。

「和尚さん、スリコギ知らんかね」
「オカメどん、どうしたんだい」
「ゆんべ、たしかにいつものところにおいたんだけんど、またなくなってる、このあいだもなくなった」
「どっかに置き忘れたんじゃろ」
「いいや、そんなことねえ」
 オカメは、ときどきしまったものを忘れることがある。
 「どれどれ」
 和尚さんが台所にいってみると、確かにいつも置いてあるところにすりこぎがない。
 「ないなあ、すぐ使いたいかい」
 「きんのう、平吉が山から自然薯とってきたでえ、今日、夕飯はヤマカケすべえとおもっとりましたが」
 「やまかけはいいのう、スリコギは平吉に作ってもらえや」
 「今日は里の母親のところにいってます」
 「それじゃあ、あとでわしが作っとこう」
 「おねげえします」
 和尚さん、朝の読経をすませますと、鉈をもって裏山にいった。裏の林の中には大きな山椒の木が何本も生えている。
 程良い枝をきりとると、寺に戻り、鉈であっというまにスリコギにしてしまった。なかなか使い良さそうである。
 わたされたオカメは、「和尚さんスリコギ作るのうめえなあ、平吉よりいいなあ」と感心している。前のスリコギは平吉が作った。
 「わしゃ、若い頃、山の奥の川っぷちにある宿のまかないで働いたことがあってな、鍋や釜は無理だが、おひつやたらいなんぞも自分たちで作ったものだ」
 「そうだったんかね、それならなくなっても大丈夫だな」
 「どうしてなくなるんじゃろ」
 「わかんねえ、あんなもの盗むドロボーなんていねえだ」
 寺の台所の戸はひしゃげていて閉めても大きな隙間ができる。
 ネズミやイタチが夜になるとはいってきて、芋などを持って行ってしまうことは時々ある。だがスリコギを持って行く動物などいないだろう。
 和尚さんは里から帰ってきた平吉に、夜中に見回るように言った。
 「へえ、だけんど、スリコギ盗む奴はいねえでしょうに」
 そう言って、夜中にションべんにおきるついでに、台所にいったがスリコギはちゃんとあった。朝になってみたけどきちんとあった。
 「和尚さん、スリコギなんていつでもつくれるんで、たくさん作っとくで、盗人なんてさがさんでもいいべ」
 平吉はすぐに裏山から数本の山椒の枝をとってきて、スリコギをたくさんつくった。
 ところが、その次の日、一本残こして、みんななくなっていた。
 「やっぱり、誰かがはいってきて、スリコギ持ってっちまう」
 「おかしいのう、スリコギはわしがあずかろう」
 その夜、和尚さんはスリコギを寝室の枕元においた。
 夜中部屋の中に何かが入ってきた気配で目があいた。その日は曇っており、月がかくれていたおかげで、部屋は真っ暗である。
 だれじゃ、和尚さんは手を伸ばしてふれたものをつかんだ。
 捕まれた奴はあばれている。和尚さんは手の感触で、狸だとわかった。目が慣れるとそれがはっきりした。
 和尚さんの手は子狸のおっぽをむんずとつかんでいる。
 「なんじゃ、なんで狸の子供がスリコギなんぞを盗みにきよるんだ」
 和尚の部屋からがたがた物音が聞こえたので、平吉とオカメが明かりをもって、あわててやってきた。
 「和尚さん、大丈夫ですか」
 二人が部屋にはいると、和尚さんが狸の子供をつるしている。狸の子供はしっかりとスリコギを前足でかかえている。
 「やや、狸がスリコギの犯人だったかね」
 「ああ、だが、なぜ子狸がスリコギをもっていくのだろうね」
 「俺がききますで」
 平吉は和尚さんが吊るしていた子狸をうけとると畳の上においた。
 子狸は畳にはいつくばった。
 「しずかにしれ、どうして、スリコギ持ってった」
 平吉が子狸に言うと、子狸が平吉を見て、なにやらいった。和尚さんとオカメには「ううう」としかきこえなかったが、平吉にはわかったようだ。
 「この子狸の父親が寺から盗んでこいといったそうで」
 「平吉は狸語がわかるのか」
 「へえ、森の中では手伝ってもらってやす」
 「なんだね、手伝いって言うのは」
 「へえ、うまい茸を教えてもらってます」
 平吉の話では、狸はうまい茸を選ぶことができるそうで、茸をとるときは、狸に手助けをしてもらっているということだった。
 「おや、うまい茸は狸がえらんでいたのかい、平吉は勘がよいと感心しておったが」
 「へえ、仲のいいやつがいるんですが、この子狸はそいつの子供のようで」
 「どうしてスリコギがいるのかきいてくれないか」
 和尚さんは平吉にいうと、平吉は子狸に事情をきいた。
 こういうことだった。
 森の中にはスリコギ茸がたくさん生えていた。スリコギ茸はスリコギのような形をした茸で草の中からヒョイヒョイ生えてくる。
 狸は茸も食べるが、スリコギ茸が生えていると、まずい茸、まずい茸と言って、スリコギ茸たちを馬鹿して、さわりもしなかった。
 スリコギ茸は「俺たちだって食えるぞ」と狸に言い張ったのだが、狸たちはスリコギ茸をけっ飛ばして歩いた。
 怒ったスリコギ茸は、ずんずん堅くなって、狸の金玉をたたいた。狸が飛び上がった。
「いてえじゃねえか」ずいぶん痛かった狸はスリコギ茸を尾っぽでひっぱたいた。怒ったスリコギ茸は堅くなって、狸の金玉をもっとたたいた。
 狸はスリコギ茸から跳び離れ、まずい茸まずい茸とはやしたてた。茸は生えたところから動かないものだが、あまり狸がはやし立てるものだから、スリコギ茸はとうとう草地からずぽすぽ飛び出し、「狸汁にしてやる」と狸たちを追いかけた。
 狸たちはあの堅いスリコギ茸にはかなわないと逃げた。
巣穴にもどった狸の親方がスリコギ茸をやっつけてやると、いきまいた。
秋になってすぐのある日、狸の親方は寺をのぞいたときに、オカメがスリコギ茸そっくりな棒で茸を潰していた。それを覚えていたので、子狸に盗んでこいと言ったわけだ。
 子狸はせっせと寺にあるスリコギを持ってきて、父親狸にわたした。狸の親分だった父狸は、子分を集め、スリコギを配った。
 「これで、スリコギ茸をこてんぱにしてやる、本物のスリコギだぞ」
今日もスリコギ茸とチャンバラをやってると子狸は和尚さんと平吉に言った。
「スリコギが足りないからもっととってこい、って父ちゃんが言ったんだ」
 子狸がそういったとき、わーっと言う大きな声が庭から聞こえてくると、縁側の上からもどたどたと音が聞こえた。月が出ていない夜だったので障子に影が映らない。
 「なんでやんしょ」
 平吉が立ち上がると、子狸も
 「とうちゃんたちだ」といって、スリコギをつかむと障子に駆け寄り、尾っぽで障子をすすすっと開けた。
 なんと、寺の庭でたくさんの大きなスリコギ茸とスリコギを持った狸がちゃんちゃんばらばらをやっている。縁側にも上がってきている。
 スリコギ茸は狸の大きな二つの袋を突こうとねらって頭をぶんぶん振り回している。
 むぎゅう、狸の頭領がスリコギ茸の大将に急所をつつかれ、痛さのあまり失神した。子狸が庭に降りると、その大きなスリコギ茸の大将をスリコギでぶんなぐった。スリコギ茸はすっ飛んで、縁側の上にむぎゅうとのびた。
 「オカメ、酒をもってきておくれ」
 こんな時になにするのかと思いながらオカメは台所に酒を取りに行く。
 「平吉、倒れている狸とスリコギ茸を部屋の中にはこんでおくれ」
 平吉は廊下に延びている狸の親方とスリコギ茸の大将を部屋の中に引っ張り込んで、和尚さんの布団の上に横たえた。
 「こりゃ、狸とスリコギ茸、もうやめんか」
 和尚さんの大きな声で驚いた狸とスリコギ茸はチャンバラをやめて、和尚さんをみた。
 「ほれほれ、みんな中に入りなさい、双方の話を聞こうじゃないか」
 和尚さんに言われた狸とスリコギ茸は、布団の上で倒れている大狸とスリコギ茸の大将の周りに集まった。
 オカメが酒とっくりと茶碗ををもってきた。
 床の間の前に座った和尚さんが
「おお、オカメどん、ごくろうさん、平吉、大狸と茸の大将にふきかけておくれ」
 平吉は酒を口に含むと、プーっと狸ときのこにふきかけた。
 大狸は目を開けると周りを見てあわてて起き上がり、狸の仲間の間に座った。スリコギ茸の大将も気がついて立ち上がりスリコギ茸たちの中に座った。
 「どうしてこうなったか、子狸にきいた、スリコギ茸は人間に食われたいわけじゃな」
 「へえ、狸の奴はまずい茸とわれわれをばかにしますが、旨いとはいいませんが、茸汁の材料としてはいい材料だと自負しておりやす」
 「そうか、それで、狸、スリコギ茸はこう申しておるが、どうじゃ」
 「いや、食えんことはないが、本当にまずいのは確かで、それで、茸狩りにはこいつらをはじくわけで」
 「なるほどな、だが、まずいまずいと言われたら、茸にとって、大変な侮辱、今後はいわぬようにな」
 「へえ、わかりやした、すんません」
 狸がスリコギ茸にあやまった。
 「よしよし、スリコギ茸は茸汁にいれてやろう、それでよいか」
 スリコギ茸はみんなで「へえ、ありがとうございます」と頭を下げた。スリコギ茸の大将が
 「我々は、是非、世の中の生き物に食われたいと思っておりました」
 それを聞いたオカメが、
 「あたしが、旨く料理してやっから心配すんな」
 にこにことスリコギ茸を拾い集めた。
 「あたしゃ、狸汁を作るのも得意なんだが」
 「おお、そうか、そこに狸がたくさんいるがどいつが旨いかな」
 平吉が「あっしにお任せを」と言ったら、
 「もう茸はいじめません、ごかんべんを」
 狸の頭領一同、あわてて縁側に飛び出し、暗い森に向かって走っていってしまった。
 平吉は「ありゃ、もう旨い茸を教えてくれねえかもしれねえ」
 そうつぶやくと、
 「でえじょうぶで、あいつら、ほんとはいいやつらで」
 スリコギの大将がそういって、「わしらはこれから台所にいきますで、朝になったら、旨い茸汁の材料にしてくだせえ」
 仲間を引き連れて台所ににいった。
 「そうかい、ありがとよ」
 和尚さんはそういうと、「おかめ、平吉、夜中に騒がしたな、やすんでおくれ、朝になったら、茸汁をつくっておくれ」
 オカメと平吉も台所をのぞいてから自分たちの部屋にもどった。
 台所では、スリコギ茸たちが、筵の上で茸汁になる嬉しい夢を見ていた。

 朝になり、オカメと平吉は茸汁を作る用意をしようと台所にいった。
「ありゃあ、どうしたことだ」
オカメが料理をする台の上を見ておどろいた。すり鉢がのっていて、スリコギ茸が汁になっていた。
「誰かが、スリコギ茸をすっちまった」
オカメがすり鉢の中に指を入れて、汁をつけると舐めてみた。
「うめえ、こりゃあ、酒だ、甘酒だ」
「だれがやったんだべえ」
そこに、夜にスリコギを盗みに入った小狸が顔を出した。
「おらたちがやったんだ、父ちゃんがスリコギ茸にあやまりにきたら、摺ってくれっていわれて摺った」
「それじゃ、こりゃ、スリコギ茸だけの茸汁かい」
「うん、酒がおいてあったので、それも父ちゃんがいれた」
「なんだい、さわがしいじゃないか」
和尚さんが顔を出した。
「へえ、狸たちがスリコギ茸にたのまれて、酒汁をつくりやした」
「ほう、そうかい」
和尚さんは茶碗についで一口のんだ。
「うまいじゃないか、甘酒だな」
「へえ、そうなんで、狸のやつらスリコギ茸を酒汁にしちまいました」
「すりこぎ茸はあまいのじゃな」
 「平吉も飲んでごらん」
 平吉も「こりゃあうめえ甘酒だ」
 「オカメどん、狸たちにもやってくれ」
 和尚さんが言うと、察しのいい子狸はすぐさまみんなを呼びにいき、台所にやってきた森の狸たちはスリコギ茸の甘酒汁をもらった。
 狸たちは甘酒に舌つづみをうった。
 「これから、スリコギ茸はうまい茸だと森のみんなにいいます、ごちそうさんで」
 飲みおわった狸たちは少し酔っ払って森に帰って行った。
 和尚さんたちも寺の庭にでた。
 スリコギ茸が朝日に照らされ、庭一面に顔をだしていた。
 「また、甘酒にしましょうか」
 「そうしておくれ」
 こうして、本妙寺は甘酒でも有名になった。スリコギ茸の甘酒は都からも買いに来る人がくるようになったということである。

すりこぎ合戦

茸写真:著者 秋田県湯沢市小安 2018-9-30

すりこぎ合戦

茸汁の有名なお寺での出来事。すりこぎ茸とタヌキの話。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2025-05-02

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