空の憐れみ
ある日、審神者の少女は大和守安定の膝の上に座って言った。
「私がどちらかにかたよっていたのなら、安定ともちゃんと隣に立てたのかしら」
泣きそうな空を見上げながら、そう言った。
「どういうこと?」
「そのままの意味。私は人ではないし、かといって人ではないにしては人すぎるから」
「……」
相変わらず、不思議なことを言う。と大和守安定は思った。そんなこと思わなくても、自分はあなたを愛しているのに。そう口を開けようとした時、とすんと軽い、寄りかかる感覚。大和守安定の胸に顔をうずめた審神者は、肩を震わせていた。く、くく、と彼女から声が漏れる。笑っている? いや、泣いている。と彼はすぐにわかった。この審神者は、笑うように泣くのだ。
「何か誰かに言われた? この前の演練で」
「いいえ、誰にも。ふ、ふふ……私が愚かなだけよ、くく……」
「笑わない。泣くなら泣く」
「……っ」
泣き叫ぶことも、しない。できなくなったと、彼女自身が言っていた。それでも、やっとさめざめと涙の雨が降る。小さな審神者の俯いた泣き顔は、大和守安定は見ることは叶わない。
折れないツノの生えた頭、尖った耳、細い瞳孔。半人半龍。大和守安定は審神者のそのどれもが愛おしくて、可愛らしいものだと思っていた。審神者も大和守安定のその気持ちは、じゅうぶん理解していた。けれど、この少女は時折、悲しくなるのだ。他の同じ背丈の少女を見るたびに、自分も自分の何もかもを隠さずに歩けたら、と。
「わかっているわ。安定が私を愛してくれているってこと」
「それでいいじゃない」
「でもね、私の方が、安定を愛していいのかわからなくなるの」
「……愛してよ」
静かな風が、庭の花々を揺らしていた。 膝の上の小さな体が、震えながらも必死に言葉を紡ぐ。
「……だって、私が安定を愛したら、きっと私、いつか安定を壊してしまうわ」
震える手が、彼の着物の胸元をぎゅっと握った。わずかに尖った爪が食い込む。
半人半龍という存在。人の理に収まらないもの。
その異質さが、自分の愛し方さえも歪めてしまうかもしれない、と、彼女は本気で怯えていた。
けれど。
「壊してもいいよ」
柔らかな声で、大和守安定は言った。
ぎゅっと、少女を抱きしめる。爪が食い込む胸元ごと、壊れたって構わないとでも言うように。痛みなんて、何ほどのものでもないとでも言うように。
「僕は、あなたに壊されるためにここにいるんだよ」
髪に顔を埋める。細い髪の間から、ツノと少しだけ尖った耳がのぞいていた。
それも、愛しい。
審神者の身体が、震える。呼吸が詰まるほどに、嗚咽がこぼれる。
「……でも、でも、安定……!」
「縛ってよ」
彼女の言葉を遮るように、耳元で囁く。
「あなたの愛で、僕を縛ってよ。逃げられないくらい、苦しくして」
それは願いだった。願いであり、祈りだった。
この審神者の手の中でしか生きられないなら、それでいい。この異形の少女の愛に、喰われるのなら、それが本望だった。
少女の細い腕が、そっと、でも確かに大和守安定の背にまわる。
「……ほんとうに、後悔しない?」
「しないよ。あなたに壊されて、食べられて、溶かされるのがいい」
耳元に、甘く微かな声。
「……じゃあ、愛していい?」
「うん。愛して。僕も、あなたを、いっぱい愛すから」
大和守安定の指先が、彼女の尖った耳をやさしくなぞった。彼女の内側から溢れ出すもの……悲しみも、不安も、そして、愛も───すべてを受け止めるように。
少女は、大和守安定の胸に顔を埋めたまま、静かに、微笑んだ。
空は、泣きながら、祝福していた。
この世界で、最も悲しく、最も優しい、二つの魂の結びつきを。
空の憐れみ