セミの声


 田舎には、まだ土葬の習慣が残っていた。
 祖母の棺にフタをする直前、人目を盗んで、俺はそっと入れた。
 祖母の胸、ちょうど心臓のあたりだ。
 特に体調が悪かったわけでもないのに、ある朝起きると祖母は死んでいたのだ。
 すぐに医者が呼ばれたが、持病薬を前夜に間違えて多く服用したことによる中毒死と結論された。
 町子叔母というのがおり、亭主と一緒に商売をしていたが、

「それがこの頃は左前らしい……」

 と噂が流れていた。
 そこへタイミングよく祖母が死んだのだ。町子叔母にもかなりの遺産が転がり込んだ。
 もう何年も服用している薬でそんな間違いがあるものだろうかとは誰しも思ったが、証拠がない。
 そのまま不問に付されてしまい、7年がたった。
 盆が来て、親戚たちが墓地に集った。七回忌だから大がかりな法要だ。
 真上から照りつける日差しの中に、坊さんの声が響く。
 だがそこへ突然別の声が混じったとき、あんまり驚いて、みんな文字通り飛び上がった。
 セミだった。
 セミの鳴き声。
 それが土の中、なんと祖母の墓の下から聞こえるのだ。
 体中の汗が一瞬で引き、青ざめた表情で全員が顔を見合わせる中、参列者の一人が大きな叫び声をあげた。

「お母さんが呼んでいる! 私が食事に薬を混ぜたことを怒っているんだわ」

 町子叔母だった。
 数珠を投げ捨て、町子叔母は墓石にすがりついた。
 高価な黒い和服に身を包んだ、いかにも上品そうな婦人だ。
 それが火事場の馬鹿力で、墓石を一気に引き倒したのだ。
 その次に体を投げ出し、町子叔母は地面を掘り返し始めた。
 男たちは止めようとしたが、町子叔母の形相におじけづいたようだ。
 土が取りのけられ、ついに祖母の棺が姿を見せた。
 しっかりクギ付けされたものだが、7年もたっている。
 べりべりと音がしてフタがはぎ取られた瞬間のことは、今でもはっきりと覚えている。
 棺の中からは黒い塊が何十も飛び立ち、バサバサと大きな羽音を立てたのだが、その一匹一匹がアブラゼミの声を出しているのだ。

「ジジジジジ」

 つまり俺が祖母の棺に入れたのはメスだったことになる。
 それが卵を生み、幼虫は祖母の体から栄養を吸い……。
 町子叔母はどうなったかって?
 殺人事件に時効はないからね。罪が確定して、今でも服役している。

セミの声

セミの声

夏の日の怪談 松尾芭蕉もビックリ!

  • 小説
  • 掌編
  • ミステリー
  • ホラー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2025-02-02

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