ひらめいた曲 12

ひらめいた曲 12

月光

 去年の夏は暑かった。
 朝、はりきってウォーキングして具合が悪くなって自信喪失。暑い日中は部屋で退屈していた。
 これが、自分ひとりだと天国なのに。  
 好きな音楽をかけ、下手なピアノを弾く。ドラマや映画を観てウトウト、思いついたら執筆。 
 ところが、退職したじいさんがいる。
 早朝バイトをしているが、5時からだから、10時前には帰ってくる。(お疲れ様)
 それからは、狭いマンションでジトーっと一緒にいる。テレビはずっと点いている。
 もう、四半世紀前、子どもたちが習っていたピアノを辞めた。それと入れ替わりに、私が習い始めた。 
 聴くのは大好き。子どもに上達して欲しいから、そばで見ていて、楽譜も読めるようになっていた。
 習えば実力よりはるかに難しい曲を弾きたがる。ベートーベンの『月光』の第1楽章とか。
 発表会に出ることになり、左手のオクターブも届かないのに頑張った。 
 夏が来ると思い出す。あれほど頑張ったことは受験以来なかった。
 子どもたちにも言われる。夏が来ると『月光』を思いだす、と。おかあさん、よく弾いてたよね、と。
 開かなかった左手が開くようになる。
 発表会当日は、上がってラストを2度繰り返してしまった。焦ったが、先生以外には気付かれなかった。
 あれから十年以上習ったのに、そのあとも弾いていたのに……
 なにが弾けるの?
 暗譜で弾ける曲はない。
 今年はほとんど鳴らしていない。
 弾かない日が続いている。
 また挑戦してみようか?
 1曲だけでいい。これだけでいい。
 あんなに頑張ったあの曲だけは、もう1度弾けるようになりたい。

【お題】 受験勉強だけの夏、だと思ってた


月光 YOSHIKI
https://youtu.be/Uj8K6ODqSKM?si=lWnuFy66DURRagXB


✳︎

月光 中村紘子
https://youtu.be/oQ_pUdLd6bY?si=tSIxtHZrTavHAVcv


【中村紘子】
 1965年のショパン国際ピアノコンクールで、日本人として、田中希代子の1955年初入賞以来、10年ぶり2人目の入賞者として広く知られている。
 夫は小説家の庄司薫。国内外で行った演奏会は3800回を越える。コンクールの審査員や著述業でも活躍した。
「難民を助ける会」や日本赤十字などを通じてのボランティア活動にも、地雷禁止のチャリティコンサートの出演などを通じて積極的に参加し、日本における「対人地雷廃絶」運動にも取り組んだ。
 小柄で手も小さめでピアニスト向きの体格ではなかったが、体重の使い方や奏法を工夫して外人に負けないような音量を引き出していた。パワーのある演奏を続けるために筋力トレーニングなどを続けていたという。


 鍵盤の上の手はほんとに小さい! 
 親指と人差し指が180度開いたそうです。
 あと、5ミリ、指が長かったら優勝していたかも……?

ひらめいた曲 12

ひらめいた曲 12

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2024-05-01

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